牧場が実現させた、シングルオリジンレザーの取り組み。

驚くほど軽く、つややかに仕上がったオリジナルトートバッグ。性別、年齢を選ばず手に取ってもらえるよう、シンプルなデザインを採用。ハンドルは手持ちと肩かけのどちらにも対応できる長さに設定した。

茨城県坂東市で3代に渡って養豚業を営む「山西牧場」は、高品質の銘柄豚を生み出す生産者だ。その肉質は柔らかな赤身と脂身のバランスがよく、旨味たっぷりの脂は「飲める脂」といわれるほど。「肉のおいしさを決める脂は、良質な餌がつくる」という信念のもと、選び抜いた独自ブレンドの飼料を液状で給餌するなど、試行錯誤して高い品質を保っている。

独特の給餌方法で育てている「山西牧場」の豚たち。特徴は胴詰まり気味の体型だ。

近年は自社農場ブランド「三右衛門/3 é mon(サンエモン)」を立ち上げるなど、自社生産・直売に力を入れている。そのラインナップに新たに加わったのが、自社農場で育てた豚の皮を使ったプロダクトだ。プロジェクトを率いるのは、「山西牧場」の加工品の企画・製作・販売に取り組んでいる、代表取締役の倉持信宏さん。
「自社ブランドをスタートしたのは、『生産者として消費者と繋がりたい』という気持ちがあったから。以前の僕たちの仕事は豚を育てて出荷するまでで、その後の屠畜した枝肉から精肉へ、さらに加工品にしていくのは別の業態になることから、自分たちが大切に育てたものがどんな製品になるのかを知る機会は滅多にありませんでした。そこで精肉を買い戻し、自社で販売したり、加工したりすることを始めました」

山西牧場3代目の倉持信広さん。大学を卒業後、生ハムを学ぼうと1年にわたってスペインに滞在。帰国後、ハム工場での研修を経て、自社生産の豚肉の販売事業やOEMでの加工品製作に着手した。

豚革は地産地消を叶えるすばらしい素材。

自社ブランドでは豚のあらゆる部位を余すことなく活用したいと、1頭の豚からさまざまな製品を生み出している。その過程で、肉以外にも有用な副産物があるとわかってきた。そのひとつが豚皮だった。
「豚の飼育については詳しいものの、皮から革へのプロセスについてはまったくの門外漢。勉強するようになって初めて、豚革は日本ならではの素材だと知りました。屠畜の方法が異なる海外では、皮ごと豚肉を食すのがスタンダード。つまり原皮が残りません。いっぽう日本では沖縄以外で豚皮を食べる習慣がなく、原皮が残る。それを国内で鞣し、革として消費するようになったというのです」

豚革の特徴は、薄く軽く、柔らかであること。繊維が密なので丈夫で摩擦に強く、毛穴が銀面を貫通しているため牛革や馬革に比べて通気性が高い。そんなハイスペックな素材なのに、国内では「牛革よりも安価な革」として正当に評価されていない。また、9割が国内で消費されず、海外に流れている現状も知った。「豚革を知れば知るほど、高い価値があるように思えた」という倉持さんは、自慢の豚の皮までも素材として有効に生かしたいという気持ちを抱くようになる。

畜産の盛んな茨城県にあって、「山西牧場」は3代にわたって高品質な豚肉を生産し続けている。

鞣し、染め、仕上げ……さまざまな工場を訪ね、製革の工程を見せてもらった。工場に依頼して自社農場の皮を鞣し、サンプルを仕立てたのが3年前のこと。そのサンプルを携えて相談にいったのが、大阪のレザー専門店「スナワチ」だった。
「スナワチの代表、前田将多さんに『生産者としてものづくりに取り組んでみたい』というお話をしたところ、『これまでにない取り組みでおもしろい』と言っていただけた。そこでスナワチでお付き合いのあるクラフツマンや技術者を紹介していただき、製造に取りかかったのです」

日本の職人たちが手がける革製品のみを扱う「スナワチ」を営む前田将多さん。カナダの牧場でカウボーイ修業を行ったこともあるという異色のキャリアの持ち主。ショップでは、「愛着をもって長く使い続ける」という製品への向き合い方を、革製品を通じて発信している。詳しくはHP(sunawachi.com)もしくはInstgram(@sunawachi_shota)、Twitter(@Sunawachi)にて。

「倉持さんの話を聞いて、おもしろいと思いつつも一筋縄ではいかないだろうなと感じました」と前田さん。
「ひと口に革製品といっても、原皮の調達から鞣し、染めや仕上げといった加工の後に、問屋、製造、小売まで、さまざまな技術者が関わっています。工程の源流にいる倉持さんと末流の僕だけでは到底実現できません。そこで、豚革を使ってものづくりをしているクラフツマンたちとプロジェクトチームを編成し、タンナーや仕上げの工房を訪ねることから始めました」(前田さん)

まず、農場から出荷した豚を屠畜した後、皮だけをとりまとめてタンナーに届ける。植物タンニンで鞣した後、オイルとワックスを革の芯まで入れ込むプルアップ加工を施す。さらにアイロンを当て、艶やかに仕上げる。
「チームで目指したのは、『こんな豚革は見たことがない!』と言ってもらえるような、あでやかな質感の革。アイロンの仕上げ加工を行うことで凹凸のある豚革がなめらかでつややかになり、華やぎのある製品になりました」(前田さん)
これまで、素材として注目を浴びる機会が少なかった豚革に目を留めてもらいたいという思いから、豚革の特徴である毛穴とそれが醸す表情を生かしつつも、高級感のある仕上がりに。シンプルで手に取りやすいデザインと、誰もが使いやすい機能と価格を設定した。

日々、多くの革を扱うタンナーや仕上げの職人たちから「銀面の傷が少なくきれい」という評価を得られた「山西牧場」の豚革。

タブレットをすっぽり収納できるクラッチバッグ。フロントとバックの両面に外ポケットを施してあり、小物の収納にも便利。バッグ・イン・バッグとしてトートバッグとのペア使いもおすすめ。

今年の春にクラウドファンディングを実施したところ、「山西牧場」の肉や加工品を求める消費者を中心に、多くの方に支援してもらうことができた。自分たちで育てた生き物の命を余すことなく活用するというストーリーに共感してもらえたようだ。
「精肉や加工食品は消費されてなくなってしまうけれど、プロダクトは道具として長く残るもの。こういう製品で消費者と繋がることができ、生産者として感懐を抱きました」(倉持さん)

コンチネンタルウォレット(左)は、薄型で胸ポケットに収まる大きさ。コインポケットが大きく開いて小銭を取り出しやすい仕様に。三つ折り財布(右)は手のひらに収まるコンパクトサイズながらカードポケット、コインポケットを備え、使い勝手抜群。

自分が食べたかもしれない豚が、今度は製品となって日常に寄り添ってくれる。そんなストーリーがユニークな「3 é mon」のプロダクト。
「このプロジェクトでは原料の生産から製品の仕立てまでを一気通貫で行うことできます。あらためてものづくりの背景に注目が集まる現代に、“シングルオリジンレザー”という流れを作る。そこに意義があるのではないでしょうか」(倉持さん)
「日頃、革製品を愛用しているという方々も、その素材がどこからきたものなのかを意識することはほとんどないはず。こういう製品をきっかけに革の源流に想いを馳せ、自分が口にした肉の副産物であることを意識してもらえたら、製品への愛着はさらに高まるはずです」(前田さん)

使い込むほどに深みのある表情を見せてくれる、牧場生まれの豚革プロダクト。今後はシングルオリジンの豚革として、ブランドやメーカーへの素材提供も考えている。

倉持さん私物のトートバッグ。柔らかさはそのまま、ツヤが落ち着いて独特の風合いが生まれている。

山西牧場
茨城県坂東市沓掛乙585-1
tel: 0297-44-2195
https://yamanishifarm.com/pages/leather

photography: Midori Yamashita, editing & text: Ryoko Kuraishi

BACK TO LIST

PAGE TOP