地産地消への思いを込めた、和牛革の野球グラブ。
1913年に野球グラブの製造をスタートし、長く国内シェア1位を誇る、ミズノ。その国内の生産拠点が、兵庫県宍粟(しそう)市に位置する「ミズノテクニクス波賀工場」だ。特注の硬式グラブを専門に製造しているこの工場で2022年に誕生したのが、宍粟地域で育てられた国産和牛「宍粟牛」の革を活用した地産地消グラブだ。発案者は、「ミズノテクニクス波賀工場」のクラフトマン、西中正登さん。故郷・宍粟への思いを形にしたいと、20年近く前から地産地消グラブの企画を温めてきた。
「宍粟牛はこの地域で育てられているブランド牛で、肉は高値で取引されています。けれども、その皮は用途が限られることから大部分が廃棄されていました」
グラブの素材に用いられるのは、たつの市のタンナーが鞣したキップレザー、またはステアレザーが中心だ。キップレザーは繊維が詰まっているため、仕上がりは硬いのだが、その分、自分の手や捕り方の型付けがしやすくなる。一方、革質が柔らかいステアレザーは、キップレザーよりもなじみやすいという特性がある。
「和牛はキップレザーよりも繊維が詰まっているので加工が難しいうえ、仕上がりはさらに硬くなります。個体はヨーロッパの牛より小さく、キズが多いので取れる面積に限りがある。また、肉がおいしい牛の皮は薄い傾向がありますが、但馬牛の血統を継いだ宍粟牛も厚みが足りないのです。そうした特徴から、宍粟牛はグラブ向きではないと思われてきました」(西中さん)
クラフトマンとしてグラブ一筋に向き合ってきた西中さんは、定年を迎える前に、長年の願いだった地産地消グラブを実現させたいと考えた。そこで、地元中学校の同級生で、宍粟牛の生産牧場を営む「岸本牧場」の岸本章宏さんに協力を仰いだ。
「岸本牧場の宍粟牛の皮をたつの市のタンナーさんに、グラブ用に鞣してもらうことになりました。鞣した革は我々の工場内にあるバイブレーションという機械にかけ、さらに柔らかく加工しています。厚みの不足は鞣しや加工ではどうしようもないので、新たに専用のグラブ型を製作しました。また、組み立てる際には、裏側からも革を貼るなどして補強を行っています。このように通常のグラブよりも工程を工夫し、宍粟牛グラブ用の特別な生産体制を整えました」
こうしてできあがったのが、「宍粟・波賀」の刻印を入れた宍粟牛グラブ。その特長は、使い込んでも型崩れしないしっかりとした硬さ。「それと同時に、手を入れるとしなやかさも感じられるのがこのグラブの個性」と西中さんは言う。
「原皮の数に限りがあるので、『ミズノオオサカ茶屋町』などの直営店舗限定で販売していますが、店頭に並ぶとすぐに売り切れると聞いています。さらに、ふるさと納税のお礼の品としての提案も行う予定です。宍粟牛という名前で地元・宍粟をアピールすることに貢献できると思うと、胸が熱くなりますね」
この先、使い込まれた宍粟牛グラブが修理に持ち込まれるようになったら、このグラブの弱点が見えてくるかもしれない。弱点を克服し、さらなる品質向上を目指してグレードアップさせていくつもりだ。
円安で海外の素材が高騰しているいまこそ、国産素材に目を向けてほしい、と西中さんは言う。宍粟牛グラブに取り組んでわかったのは、これまで不可能と思われていたことも、工夫次第で実現できるということだ。
「特に国産の原皮は想像以上に幅広い可能性を備えています。食肉の副産物を余すところなく活用するためにも、私たちの技能や知識を次世代へ継承しなくてはと考えています」
資源の有効活用に対するクラフトマンたちの思いを受け、「ミズノテクニクス波賀工場」で新たに導入するのが、素材のキズや色褪せも生かす“最適裁断”だ。
「これまではキズや色褪せを避けてパーツを裁断していましたが、その結果、最適な部位で裁断できないという課題が発生していました。こうした課題解決に貢献するのが“最適裁断”です。グラブの各パーツに求められる機能を最大限に引き出すため、多少のキズや色褪せがあっても最適な部位で裁断するというもので、これにより廃棄する革が少なくなるというメリットもあります。“資源を無駄なく活用する”というこれからの時代のものづくりに対するミズノの思いを、多くの方にご理解・共感いただけたらと考えています」
photography:Iku Fujita, editing & text: Ryoko Kuraishi