青森県五戸町から生まれる馬革。「GOBU(五分)」が紡ぐ命の循環。

光を受けた雪のように、白く柔らかな革。厚みを感じさせながらも軽く、手に取るとしなやかに身体に寄り添う。ふわりと記憶に触れるような質感のレザーで仕立てたバッグは、買い物袋のような気軽さをもちながら、どこか凛とした気配を纏っている。廃棄されていた馬皮を、新しい命として甦らせた「GOBU(五分)」の岩井巽さん。青森県五戸町の地から、命の循環とものづくりの本質を問いかける“革の未来”が始まっている。

土地の記憶をたどり、行き着いたものづくりの形。

「GOBU(五分)」のバッグ。無染色の馬革の白さと柔らかさをそのまま生かした製品と、それをベースに染色を施した製品を展開。

「革製品って重厚で、ここぞという時に持つイメージがありました。でも僕は、買い物袋のように、気付いたら毎日手に取っていたというようなものを作りたいんです」
そう語るのは、2023年に馬革を扱うブランド「GOBU(五分)」を創業した岩井さん。会社員時代に、東北の工芸作家との協働を重ねる中で、地方のものづくりの現実に直面する。

「どんなに素晴らしい工芸を作っても、後継者がいなかったり、それで暮らしていくのは難しかったり……。そういう現場をたくさん見てきました。工芸とは、もともと“その土地で採れる素材を使うこと”だと思っています。だから、青森にゆかりのある素材を用い、職人を育て、適正な価値をつけて世に出せるものを作りたいと考えました」

「GOBU(五分)」創業者でデザイナーの岩井巽さん。青森県五戸町に生まれ、東北芸術工科大学でプロダクトデザインを学び、良品計画を経て、八戸に本社を構える「金入(カネイリ)」で同社が運営する「東北スタンダードマーケット」のディレクターを務めた。

コロナ禍に帰省した際、祖父が亡くなり、家業であるりんご農園の今後を家族で話し合う時間があった。その時、岩井さんの中に芽生えたのは「この土地で自分にできることは何か」という問いだった。

「祖父が亡くなった翌年の正月。親戚が集まって、いつもの馬肉鍋を囲んでいたんです。その時にふと気が付きました。五戸町は、馬肉文化が根づいているのに、その副産物である馬革が生み出せていないことに。食文化の裏側にある素材を生かせば、この土地の新しいものづくりができるかもしれない、そう思いました」

学生時代にハンドメイドの革製品を作り、マルシェで手売りした記憶。デザインの仕事で出会った東北の職人たち。そして、祖父母が守ってきたりんご農園。それらが繋がり、彼の中でひとつの答えが形を作りはじめた。

革を通じて見つめ直す、馬と人との関係。

岩井さんは、牧場や精肉店だけでなく、馬の博物館、村の年配者を訪ね歩き、地域に残る馬との関係を丁寧に調べていった。青森から岩手にまたがる一戸から九戸までは、かつて「南部九牧」と呼ばれた放牧地で、平安時代、十和田火山の噴火によって作物が採れなくなった土地を、馬の牧場として再生したことから始まったことも知った。千年以上前から、この地では馬が人の暮らしと深く関わってきたのだ。

五戸町の馬牧場。次世代に馬を残すため、多くの馬種を育てている。(写真提供:GOBU)

「五戸町には、“馬霊碑”という馬の墓が、いまも至る所に残っています。馬は家族の一員のような存在であり、亡くなった後も感謝や慰霊の気持ちが続いています。馬の神社がある集落では、馬に対する気持ちから、馬肉は食べないという話も聞きました」

しかし、現存する馬はほとんどが家畜種で、誰かが飼わなければ、次の世代に残らない動物。乗用としての役割が減った現代では、経済的に持続可能な形で種を繋いでいくために、食用にすることは避けられないという。「だからこそ、命をいただくことの意味を見つめ直す必要があると感じました」

五戸町をはじめ青森県内の多くの地域では、精肉後に残る馬皮のほとんどが捨てられていた。岩井さんはそれらを引き取り、生分解性の高い皮革を生産している兵庫・たつの市のタンナーに依頼して、馬革に仕上げることを決意する。

馬革は、かつて青森ではねぶた太鼓の打面にも使われていたという。馬を育て、家族で食し、その皮を革へと変えて使う——。馬にまつわる文化を知ることは、岩井さんにとって生命の循環をたどるような体験だった。

ブランド名「GOBU(五分)」には、かつて馬と人とが「五分五分」のパートナーとして共生していた青森という土地へのリスペクトが込められている。有害な化学物質を使わずに鞣された、土に返る革を採用したのは、人と馬がパートナーとして、ともに自然のサイクルの中で生きていた時代に立ち返ろうとする試みでもあった。

左:ハンドルが短い、大ぶりのトートバッグ。マグネットでフラップを留めると、巾着のようなフォルムになる。右:小ぶりなショルダーバッグ。肩ひもを絞ることで、ハンドバッグとしても使うことができる。

命の痕跡こそ、革の美しさ。

「鞣しを始めた当初はうまくいかなくて、半分以上が使えない革でした。でも、鞣された革を初めて手にした時の感動はいまでも忘れられません。虫食いや傷跡さえも、命の痕跡として美しいと感じて、“切りたくない”と思ったんです。このまま見てほしいと」

イベントやポップアップストアでは、馬革もまるごと展示し、人々に直接触れてもらう場を設けている。「いつか、お客さんが一枚の革から自分の好きな部分を選び、自分のアイテムを作れるようにもしたいんです」(写真提供:GOBU)

現在「GOBU(五分)」は、バッグや小物、革そのものの販売に加え、インテリアブランドとの協業も進行中だ。五戸のりんごの木や土地の植物を使った草木染めのレザーの実験も始まっている。彼の目標は、引き取った馬革をすべて、誰かの手に届けることだ。

左:絵馬の形をしたミニ財布「GOKAKU」。右:有機的なカーブが特徴のキーケース。

青森には、「ボロ」という、麻糸を紡ぎ、手織りした麻布から作った野良着を、ちぎれても布を当て刺子で繕いながら、何世紀にもわたって受け継いでいくという文化がある。そんな厳しい自然とともに生きてきた人々の想像力と感情が、この土地には息づいている。東北地方の工芸文化に触れてきた岩井さんは、その精神を馬革にも重ねる。

「革は有限な素材です。たくさんあるわけではないし、決して均一でもない。でも、その限りあるものの中にこそ、美しさがあるんだと思うんです。個性をもち、命の痕跡を残していること。それが、革の本当の魅力だと思っています」

五戸町の雪の白さを映した馬革には、命の温度が宿る。岩井さんの情熱が紡ぎ出したレザーアイテムには、青森に生きる馬たちの命の記憶が刻まれているようだ。

photography: Mirei Sakaki text: Miki Suka

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