革の可能性を拓く、姫路を舞台とした「アーティスト・イン・レジデンス」。

姫路市高木エリアは、平安時代から1000年以上にわたって皮革が生産されてきたといわれ、高い技術が受け継がれている。この長い歴史や、その中で育まれてきた人と人との繋がりを継承し、さらに発展させていくための取り組みとして、「アーティスト・イン・レジデンス」が行われている。

アーティスト・イン・レジデンスとは、ある土地に一定期間アーティストが滞在しながら行う芸術活動、またそれを支援する事業のこと。2024年、姫路の皮革関連企業が中心となって設立した一般社団法人L-AIR(エルエアー)が、革に特化したアーティスト・イン・レジデンスを始動させた。

朝から晩まで、革と向き合う3カ月。

アーティスト・イン・レジデンスの拠点「L-AIR VILLA」。アーティストたちが居住するレジデンスに、制作スタジオや展示ホールが併設されている。

舞台は、姫路の皮革生産の中心地のひとつである高木エリア。豊かな水源と広い川原が皮革生産に適していることから、古くから皮革の町として知られてきた。ここに、公募で選ばれた最大2名の国内外のアーティストたちが3カ月間滞在し、皮革を用いた芸術活動に取り組む。

対象者は、ものを作るアーティストにとどまらない。「皮革を使って、どのような新しい表現が探れるか?」「皮革という素材を、どのようにいままでになかった異素材や技術、表現と組み合わせられるか?」「皮革という素材を切り口に、どのように未来のライフスタイルや環境を志向することができるか?」という問いに向き合うことができるなら、パフォーマーや研究者など、幅広いジャンルの表現者に門戸が開かれる。2024年10月にアーティスト・イン・レジデンスが始動して以来、陶芸家×テキスタイル美術家、建築家×ダンサー、ファッションデザイナー×ミクストメディアアーティストと、あらゆる表現者たちの協働を実現してきた。

第4期となる2025年7月から9月に招かれたのが、兵庫県加古川市出身の彫刻家の高田治さんと、チェコ出身のタトゥーアーティストであり詩人のミカエラ・フェンクルさんだ。

高田さんは、特撮ヒーローやアニメのフィギュアが好きだった子ども時代を経て、現在は主に金属に陶や石を組み合わせた人体彫刻を制作している。彼は、最初にL-AIR VILLAを訪れた時のことを、こう振り返る。「金属を溶接する工具や重い器具などを、隣市の自宅から2トントラックで3往復して搬入しました(笑)。一方で、ペアとなったフェンクルさんは、かばんひとつでやってきましたね」

中学校で非常勤講師として美術を教える高田さん(左)。制作期間中に教え子が訪ねてきて、フェンクルさん(右、写真提供:L-AIR)と姫路の海水浴場へ連れて行くこともあったそうだ。

招かれたアーティストたちは、まず高木エリアでのフィールドリサーチとスキルラーニングに取り組む。タンナーを訪問して皮が革に生まれ変わる場を見学したり、職人から革を使ったものづくりの技術を習ったり——そこで学んだことを生かしながら、おのおの革による表現を探求していく。

アーティストたちが生活と制作の拠点とするL-AIR VILLAは、築85年のアパートをリノベーションした空間。制作スタジオは24時間自由に使うことができ、作業時間はアーティストたちに委ねられている。

「僕は、朝5時に起きて散歩して、6時に朝食を作ってからは、朝から晩まで制作し、夜は1時か2時頃に寝るというルーティンでした。夜遅くまで作業して昼頃に起きてくるフェンクルさんとは、生活リズムの違いがありましたね。間仕切りがあるだけの同じ室内という、お互いの音が聞こえる環境で制作をしていました」

24時間作業が可能な制作スタジオ。近隣のタンナーから提供される革素材は自由に使用可能。写真は、2025年10月から12月に滞在したアーティストの作業場所。

革の特性を生かし、新たな表現を見つける。

革という素材をこれまで使ったことがなかった高田さん。今回、初めて革素材を扱う中で、どうやって新たな表現方法を見つけたのだろうか。

「革には、ぬらして形を作ってから乾かすとその形状を記憶する特性があることは知っていましたが、それを生かした加工方法についてはよく知りませんでした。そんな時、高木の皮革関連企業であるユニタスファーイーストの中島代表から、圧縮袋を使う方法を教わったんです」

金属で作った彫像をぬらした革で包み、圧縮袋に入れて掃除機で空気を抜く。ぬれて柔らかくなった革は彫像に密着し、その表情を繊細に写し取る。こうして成形した革は、日干しするとそのまま固まる。滞在中、この手法で作品を制作した高田さんは、「新たな表現が見つかった気がします」と手応えを語る。

高田さんの作品「エスキース」。金属で作った骨組みを牛革で包むことで、皮膚を纏った生身の肉体のような人体像が現れた。

アーティスト・イン・レジデンスは、滞在中に制作された作品の展示で締めくくられる。高田さんとフェンクルさんの作品は、2025年9月20日から10月31日にかけて、L-AIR ART STORAGEで展示された。ふたりがそれぞれ制作した作品だけでなく、フェンクルさんが自身の手書きフォントで自作の詩のタトゥーを刻んだ豚革を、高田さんが人体塑像に仕立てた共同制作作品「Feelings of an Outsider」もある。

「豚革は人間の皮膚に最も似ているといわれ、彫り師がタトゥーの練習に使うほどです。この作品は、フェンクルさんが自身の身体に彫ったタトゥーをそのまま投影しています」

高田さんとフェンクルさんの共同制作作品「Feelings of an Outsider」。

3カ月間にわたる滞在を経て、自身の作風に変化は生まれたのだろうか。

「アーティスト・イン・レジデンスに参加するアーティストにとっては、制作スタジオも革素材も自由に使えて、まさに至れり尽くせりな環境でした。それでも、表現方法を追求するにはまだまだ時間が足りない。これからも、革でしかできない表現を追求していこうと思っています」

さまざまなアーティストが、革という素材とそれを生み出す土地や人々、そして異なるジャンルのアーティストと出会い、新たな表現を模索するアーティスト・イン・レジデンス。2025年10月からは、埼玉県出身のシューズデザイナーである高橋耀さんと、デンマーク出身でウィーンを拠点に活動する彫刻家でアクションアーティストのイダ・ウェスト=ハンセンさんがこの地に滞在する。

革とアートが生み出す化学反応から、今後も目が離せない。

L-AIR
兵庫県姫路市花田町高木77
https://l-air.or.jp/

photography: Sadaho Naito, interview & text: Akiko Wakimoto

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