「世界にたったひとつ」を叶える、天然皮革の奥深さを伝える靴修理店。

Eco-Friendlyコラムの初回は、靴修理の名店を訪問。大事にしていた革靴が国内外から持ち込まれる店に聞いた、持ち主の思いを大切に行われる修理のこと、そして革製品と長く付き合うための手入れのコツ。革製品との向き合い方が心に響きます。

天然皮革の靴は、新品よりもよい状態に“経年進化”する。

「20年、30年と履き込まれた靴を修理することも珍しくありません」
そう言うのは、横浜市にある修理工房「ハドソン靴店」店主の村上塁さんだ。
「これまで持ち込まれた中で最も古い靴は、高齢の男性が持ち込んだ軍靴で、彼のおじさまが満洲で履いていたというものでした。天然皮革の靴は、きちんと手入れさえ行っていれば100年以上ももつのです」

天然皮革と合成皮革の違いは、素材そのものの劣化のあるなしだという。合成皮革は店頭に並んだ状態が100%。経年劣化してしまう素材ゆえに出荷時より状態がよくなることはないけれど、履き込むほどに表情が変わる天然皮革は買った時よりよい状態に導くことが可能だ。手入れ次第で経年進化する素材は、やがて持ち主の個性やライフスタイルを映し出すようになる。

手縫いの靴作りを本業とする職人だった村上さん。細かな工程に分かれ、完全分業で製作される靴作りの、各パーツを靴に仕立てる「底付」という工程を専門としていた。ほかで断られた複雑な修理まで引き受けられるのも、手縫いの靴を作る技術やスキルを駆使するから。

エイジングで叶える、「世界にたった一足」。

「同じメーカーによる同じデザインの既製靴だって、履き手が変われば当然、経年進化の度合いが変わります。履く頻度、手入れの仕方、生活習慣、歩き方の癖。天然皮革の靴はそれらを丸ごと受け止め、数年も経てば世界にたった一足の、自分だけの靴に仕立てられていきます。それこそが天然皮革のエイジングの魅力なのですが、肝心の履き手がその醍醐味、つまり世界にたった一足の靴を履いているという事実に気付いていないケースが多い。それはとても残念なことですね」

長く革製品と付き合うことで、モノへの愛着が育まれる。何年もともに過ごした革製品が、ときに思い出のよすがとなることも。村上さんのもとへ最近修理に持ち込まれた靴のエピソードをご紹介しよう。

修理を待つたくさんの靴たち。左端が染め替えを控えたブーツ。

「このキャメルのブーツは、カバンを作っている職人の女性が持ち込んだもの。ノーブランド品ですが、老舗の工場が仕立てたものだとうかがい知れる丁寧な造りです。というのも、トレンドの影響を受けやすいから紳士靴よりライフサイクルが短くなりがちな婦人靴の場合、アッパーが天然皮革でも内側が合成皮革だったり、アッパーとソールを糊で止めただけの製法だったりというものが少なくないのですが、これは内側にもレザーを使ってあり、アッパーとソールがきちんと手縫いで縫い合わされています」

持ち主の女性は、靴店のポップアップストアでこのブーツと出合ったそう。実際に買い付けを行う店主から靴にまつわる話を聞く中で、靴そのものに対する意識が変わったとか。トレンドに合わせて毎シーズン、新しい靴をいくつも買い足すのではなく、自分の個性やライフスタイルに合った必要最低限の靴を大事に履き込み、育てていく。意識が変わるにつれ、そんなふうにライフスタイルも変化したのだとか。残念ながらその靴店の店主は亡くなってしまい、靴にまつわるおしゃべりを楽しむことはできなくなってしまった。けれど、このブーツに足を通すたび、彼の靴への愛情を思い出すことができる。その店主との思い出のブーツだから、修理しながら長く大切に使っていきたい。持ち主の女性はそんな思いでブーツを村上さんに託したようだ。

左:天然皮革の靴の修理に欠かせない「コテ」。主にビスポークの靴を手がける職人が使う道具である。右:熱したコテをワックスでコーティングしたソールのエッジに押し当てる。すると溶けたワックスが革に浸透して薄い皮膜を作ってくれる。

「今回の修理では、下駄箱の結露により生じてしまったシミを目立たなくするため、アッパー全体の染め替えを行います。オリジナルのキャメル色も美しいですが、シックなダークブラウンにしてもまた違った魅力が生まれると思いますよ。全体を染め替えるようなアレンジが可能なのも、天然皮革という素材の懐の深さといえるでしょう」

村上さんが始めるセミカスタムメイドシューズ。ビブラムソールのようなモチーフをあしらったレザーソールも完全オリジナル。作る→修理するという靴のアップサイクルにまつわる新しい価値観を、この靴から提案したいと考えている。

このブーツの持ち主のように、長く大切に一足を履き続ける価値観を多くの人と共有したいと、村上さんは来年春、セミカスタムメイドのシューズショップをスタートする。デザインは一型、ほぼすべてのパーツは天然皮革で構成されている。あらゆる世代に履いてもらえるよう、快適な履き心地と動きやすさが両立するサッカーのスパイクシューズをベースとしたスタンダードなデザインを採用した。女性用は19cmから28cmまで5mm刻みで、各サイズそれぞれに4ワイズと、トータル76サイズを用意した。左右異なるサイズを選ぶこともできる。

「傷みやすいところを補強したうえで修理のしやすさを考えた作り、縫製になっているので、何年、何十年と履き続けていただけます。長く履き続けて自分の足にぴったりフィットする一足に育てる、天然皮革だからこそ可能なプロセスを楽しんでほしいですね」

天然皮革のメンテナンスに欠かせない靴クリーム。

長く付き合うためのお手入れのコツ。

それでは自分だけの革製品を育てるための手入れのコツを、村上さんに教えていただこう。
「靴の場合、考えられるダメージは雨による水濡れでしょう。雨に濡れても靴の乾燥機は絶対に使わないでください。ウールのニットを乾燥機に入れたら縮んでしまうように、天然皮革も縮んでしまいます。もし一部だけが水濡れしてしまったら、硬く絞った濡れ雑巾や水を含ませた柔らかいスポンジで全体を濡らしてください。これにより濡れによるシミが目立ちにくくなります。

濡れた状態で放置すると形崩れの原因になりますから、新聞紙を丸めて中に入れて、壁に立てかけて乾燥させます。新聞紙が湿気たら乾いたものに交換してください。ある程度表面が乾いたら靴クリームをたっぷりと塗ってください。お肌の手入れと同じで、完全に乾くより前に保湿剤であるクリームを塗ってあげましょう。天然毛のブラシがいいですが、歯ブラシでも代用できます。ブラシにクリームを取ってレザーの表面にしっかり塗り込みます。白いタオルで拭き上げ、仕上げにストッキングボール(写真)で磨き上げてください。見違えるようにきれいになりますよ」

メンテナンスにおすすめの道具。天然毛のブラシと、使い古しのストッキングの中に布切れを詰めたボール。

靴だけでなく、バッグや小物など革製品なら何にでも使えるお手入れのポイント。しっかりメンテナンスを行えば、愛着だってひとしお。使う→手入れのサイクルを続けて、世界にふたつとない、あなただけの革製品を育ててみよう。

ハドソン靴店 Hudson Kutsuten
神奈川県横浜市神奈川区松本町3-26-3
tel : 045-294-3162
営)10時〜20時
休)火、水
www.hudsonkutsuten.com
Instagram : @hudsonkutsuten

photos : MIDORI YAMASHITA, realization : RYOKO KURAISHI

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