地元の水産資源を有効活用し、サステナブルなレザーアイテムに!
写真:新喜皮革のホースレザーをメインに用いるブランド「ジ・ウォームスクラフツ マニュファクチャー(THE WARMTHCRAFTS-MANUFACTURE)」から登場した、ブラックバス革を使用するラインPISCINE Labelのアイテム。左上から時計回りに、Lジップショートウォレット(DORADO)、コンパクトウォレット(WAKIN)、ジップコンパクトウォレット(ORIGINAL)そして琵琶湖の水草を原料にした染料で染めたジップミドルケース(WEED)/以上ジ・ウォームスクラフツ マニュファクチャー/PISCINE Label
Shinki Hikaku素材も染料もオール琵琶湖産!の最新プロダクツ。
日本で唯一、コードバンを生産する有限会社新喜皮革。現在、代表取締役を務める新田芳希さんは同社の3代目で、大学卒業後にフランスで製革業を学んできたというタンナーだ。鞣しも難しいが、がらりと表情が変わってしまう最終仕上げが難題だというコードバン。当時の新喜皮革は最終仕上げを行わない、下地の状態のコードバンを販売していたが、新田さんが習得した技術と経験を武器に仕上げのプロセスを磨き上げていった、という背景がある。
そんな新田さんが独自に開発したのが、琵琶湖のブラックバス革。きっかけは趣味の釣りだった。
「なにか新しいもの、うちだけのものを開発したいと思っていた時に、琵琶湖のブラックバス皮を製革することを思いついたのです。ご存じのように、外来種のブラックバスは琵琶湖の固有種の生態系を脅かしているとされています。生態系を守るためにこれを獲って食用としているが、皮は食用にならないので肥料などになっていた。そこでこれを鞣してみようと思いました」
試しに琵琶湖の沖島の漁協に問い合わせて、皮を鞣してみたら、想像以上にうまくいった。1年あまりの開発期間を経て、ブラックバス革の製品化を実現したのが2017年のことだ。
「苦労したのは皮の中の脂肪分をしっかり取り去る工程でした。これが残ると鞣しに響くし、何よりも匂いが残ってしまう。馬とはサイズが違うこともあって従来の機械を使えず、多くの工程が手作業になりました」
最新のプロダクトとして発表したのが、ブランド「ジ・ウォームスクラフツ マニュファクチャー(THE WARMTHCRAFTS-MANUFACTURE)」のブラックバス革を使用したラインPISCINE Labelを、同じ琵琶湖の水草で染めた「BIWAKO WEED DYE COLLECTION」だ。この水草プロジェクトも新田さんが琵琶湖で釣りをしていた時、増えすぎた水草は漁業に悪影響をもたらすとして大量に刈り取られたものを目にしてひらめいたものだとか。
完全養殖の「近大マグロ」も鞣して革製品に。
ブラックバス革と同時に開発を始めたのが「近大マグロ」皮の製革化。身は食用とされるものの、皮のほとんどは廃棄されていたからだ。「皮は食肉の副産物である」という信念から、こちらも皮の有効活用にこぎつけた。近大マグロ革もブラックバス革も、素材は新喜皮革が、製品化は同じ敷地内にある株式会社コードバンが手がけているが、「革のダイヤモンド」と謳われるコードバンと、世界のどこでもお目にかかれない魚の革を組み合わせたハンドメイドの製品は、経年変化を楽しめる逸品に仕上がっている。
「ブラックバスも水草も琵琶湖産で地域性がありますし、かつ廃棄されようとしていたものをうまく活用することができました。これからもユニークな素材開発、ほかのタンナーや作り手がやっていないサステナブルな取り組みを続け、革のさらなる可能性をお伝えしていきたいと思っています」
新喜皮革
兵庫県姫路市花田町小川1166
tel:079-224-8136
https://shinki-hikaku.jp
コードバン(ジ・ウォームスクラフツ マニュファクチャー/PISCINE Label)
https://cordvan.jp
Urakami Seikakusho
“すべての命を大切にしたい”、タンナーの思いがエイ革に結実。
兵庫県たつの市で半世紀以上に渡って製革業を営む「浦上製革所」。2代目の浦元敏光さんは業界きっての研究熱心さで知られるベテランタンナーだ。独自技術の開発にも余念がなく、「Uragami Leather」という名称を持つ硬式野球用グローブの製造で知られている。そんな浦元さんが近年、力を注いでいるのが地元・瀬戸内海でとれるナルトビエイの皮の鞣しである。
「瀬戸内海ではナルトビエイによるアサリや牡蠣の被害が増えているという背景があって、漁師がエイを水揚げするようになったのです。味は淡白ながら高タンパク・低カロリーということで食用としても利用されるようになり、食用にするなら皮も利用できないかと相談を受けたのが始まりです」
誰もやらないことにチャレンジしたい。
ほかのタンナーはどこも手を挙げなかったというエイ革製造。浦上製革所がこれに賛同したのは、命を無駄にしてはいけないという思いが強いからだ。
「アサリや牡蠣を守るためにしろ、エイを獲ってそれを無駄に捨ててしまうのは、あまりにも傲慢。タンナーとして、どんな命も大切に、使えるものは無駄なく有効活用しようと仕事をしてきました。それは牛だってエイだって同じです」
とはいえ、はじめてのエイ革はひと筋縄ではいかなかった。港で水揚げしたエイを血抜きした後、機械を使って皮を剥ぐのだが、せっかくの皮が機械のサイズに裁断されてしまうばかりか、機械の跡が表面に残ってしまうこともあった。ならば、と手作業も試したが、腹やヒレのまわりに筋が密集していて手作業では時間も手間もかかりすぎる。
「海洋生物ということもあって皮が熱や薬品に弱く、鞣しもうまくいきません。おまけに牛皮よりも小ぶりなので、従来の道具は大きすぎて使えない。テスト用の小型ドラムを使い、水温は低めに、何度も目で確認しながら。時間をかけて鞣すことで段々形になってきたんです」
エキゾチックレザーを思わせる不思議な質感。
鞣したエイ革は手触りも柔らかく、色ものりやすい。牛革に負けないほどの引き裂き強度もあった。なによりも、これまで見たことのないような不思議な質感を表現することができた。こうしてできあがったエイ革は「ミツイーグレイ」と名付けられ、革小物専業メーカーであるラモーダヨシダの協力のもと、財布やカードケースに仕立てられ「2020 ファッションワールド東京 秋 国際生地・素材EXPO」に出展された。
展示会では、「地元の海洋資源を有効活用しているというストーリーと、スティングレイ(アカエイ)とはまた違った紋様、質感で、たくさんの来場者に注目していただけた」と浦元さん。これをきっかけに沼津市の事業者から深海魚の鞣しの依頼を受けるなど、水産資源を利用したサステナブルなものづくりの試みが、少しずつ広まりつつある。
「できない、ではなく、どうやったらできるか。試行錯誤しながら少しずつ形にしていく、そのプロセスが楽しいんですよ」という浦元さんと浦上製革所のチャレンジは、まだまだ始まったばかりである。
浦上製革所
兵庫県たつの市揖保町東用163
tel: 0791-67-0397
photography: Iku Fujita, Kazumasa Takeuchi (Ye/objects) styling: Natsumi Ogasawara (objects) editing & text: Ryoko Kuraishi