マリエが思い描く、新たな⾰のクリエイションとは。
まるで凪いだ海のように美しい瞳を、制作中のプロダクトに向けるその姿は、ファッションデザイナーとして活躍するマリエさんの現在の素顔。2017年に立ち上げたブランドは、自らの本名と同じ「PASCAL MARIE DESMARAIS(パスカル・マリエ・デマレ)」(以下、PMD)。11年に日本を離れ、アメリカ・ニューヨークの名門、パーソンズ美術大学に留学したマリエさん。構想4年の歳月を経て、自身のオリジナルブランド立ち上げた。
「PMDを作った当時、“サステナブル”という言葉はまだよくわからない感じでした。でもSDGsという言葉が世の中に出はじめた頃で、私たちの作るアイテムが社会に貢献できるものでありたいという希望を掲げて、ブランドをスタートしました」
アメリカで学んだファッションと社会との心地よい結びつきを、日本でも実現しようと動き出したマリエさん。全国の生産工場へ自ら足を運び、多くの魅力的な素材や技術に出合った。“サステナブル”や“エシカル”という言葉にも強い関心をもち共感するなかで、マリエさんはレザーという自然由来の素材に可能性を感じたのだ。それは、彼女が長年探し求めていた“心の平和と健康”にも徐々に繋がっていった。
日本で加工される、レザーの魅力に触れて。
「地方で出合った素晴らしい工場は、有名ブランドの生産を請け負うところばかりでした。私たちのような小さなブランドが関われるような場所ではないと感じていたのですが、何度も足を運ぶうちに、端切れをいただいてそれをファッションアイテムに変えることで、少しずつ業者さんと関係を築くことができたんです。『マリエさん、本当にこれを持っていくんですか?』ってよく言われましたが(笑)、私にとってはいい素材とチャンスに恵まれたという感じでした。以前、タッセル付きのローファーの制作に使用した革に出合ったのも、この頃でした。クタッとした風合いが何てカッコいいんだろう!と。作ろうと思っても作り出せないその風合いに、魅力を感じたんです」
初めて足を運んだ製革工場で、職人たちの真摯な仕事ぶりを目の当たりにしたマリエさん。革こそサステナブルな素材なのだと実感できたことは、彼女のクリエイションの幅を大きく広げることとなった。
「革がこんなにもカッコよくて素敵なものであることを、どう伝えていくか。革製品にストーリーを乗せていくようにデザインすることが、我々にできる唯一のことだと自覚しながら、革職人さんと深く話すようになりました。人が生きていくために動物たちの命をいただかなければならないのだったら、最後まで無駄にすることなくファッションという形に変えて生かしていきたいという思いが芽生え、それを実現できたという感覚です」
革素材がもつ特性に惹かれ、その革が生まれてきた背景を知れば知るほど、マリエさんは革に自然についたシワや傷も動物の生きた証であり、美しく尊いものだと感じられるようになったという。ものづくりに対して、よりセンシティブな感覚が研ぎ澄まされたのは、彼女の中にもうひとつの命が宿ったことも影響しているかもしれない。マリエさんはこの時、妊娠後期という大切な時期を迎えており、心身ともに最も大きな変化の中にいた。
「心身の変化とともに、デザインの仕事においても自然と淡色や優しいテクスチャーのものを選び取るようになっていきました」。ファッションが大好きなマリエさんにとって、人生の相棒とも呼べる女の子の出産を間近に控えたこの時期に、どこにもないレザーアイテムを作るプロジェクトが始動した。
形を変えながら、人に寄り添っていくデザイン。
マリエさんがテーマに掲げたのは、「永遠のレザーコート」。日常にあるものにフォーカスしながら、問題解決に向けて未来へと繋がっていくような、レザーの新しい姿をマリエさんは模索した。時を同じくして、彼女の中に宿ったひとつの小さな命が、まさに産声を上げようとしていた。人のライフスタイルや好みは、年を重ねるにつれて徐々に変わっていく。変化していく自分自身と世界の両方をより強く感じていたタイミングだからこそ、形を変えながらもずっと寄り添ってくれるようなアイテムを、マリエさんは思い描いていた。
「1枚のコートに、人生のストーリーを描いてみたいと思いました。一生付き合っていくためのディレクション(指示)が付いていて、それに沿って変形していくアイテム。5年後も10年後も、素材そのものの魅力を感じられるように、デザインもさまざまに変形させることができたらと思ったんです」
サステナブルであることを常に念頭に置きながら、自身のブランドPMDを展開してきたマリエさん。妊娠・出産を通じて強く感じた、自分の中に宿った命の未来。それをよい意味で「サークルが小さくなった」と表現する。大きな目標を掲げるよりも、いまできることを着実にひとつずつ成し遂げることこそ、次世代へと繋がるものづくりになると確信した。未来に残していくアイテムづくりに、レザーという素材はぴったりとはまる。その素材の魅力を最も表現できるものとして、性別を問わず着用できるユニセックスのトレンチコートにたどり着いた。選んだ革は、クロム鞣しとタンニン鞣しのよいところを併せもつようにつくられた、ほどよい柔らかさと風合いが特徴のレザー。
「触った時に、これだ!と思いました。しっかりとハリがあるのに、驚くほど柔らかいんです。きっと一緒に過ごすほど思い出とともにシワが刻まれて、経年変化してカッコよくなっていくのだろうと思うとワクワクしました。このツヤのある一枚革に、やがて自分の生き方まで投影されていくことが想像できるんです」
マリエさんの考えたトレンチコートは、前見頃の一部がジャケットのようになった、遊び心ある変形タイプ。パタンナーとして参画したのは、ミレデザインズの池上大祐さん。
「このデザインなら、いろんな着方ができますね。肩の下がり方、傾斜も緩くてカッコいいシルエットになりました。ルーズな部分と閉める部分の両方があるので、女性はもちろん、男性も細すぎることなく着られるはずです」
池上さんが製作したパターンをもとに、残布のコットン生地で縫い上げられたファーストサンプルが仕上がり、トルソーに着せると予想通りの美しいフォルム。素材がレザーに替わることで、どのような表情が生まれていくのか。ボタンやバックルなどの細かな付属品を決めながら、ふたりは想像を膨らませる。
「このファーストサンプルを目にした時、本当にワクワクしました。生地によって全体の雰囲気がガラリと変わるので、これがレザーになった時、どんな表情が生まれるかと想像すると、楽しみで仕方がありません。頭の中では、もうすべてのパーツが揃っていて、完成したコートを見せて『カッコいいでしょ!』って言っている自分が早くも想像できます(笑)。こうして徐々に製品が出来上がっていくと、アイテム作りにかかわる人の手仕事の素晴らしさを実感して、それこそが私自身の貴重な財産だと感じます」
マリエさんが今回のプロジェクトのデザインコンセプトに込めた思いは、「未来を繋いでいく」こと。その言葉どおり、このコートには実は驚くべき仕掛けが隠されている。「我が家には生まれたばかりの小さな娘が加わりましたが、いつか彼女のお眼鏡に叶うようなものがつくれたらうれしいですね」。そう話すマリエさんが思い描くコートの全貌は、次回以降の記事にて徐々に明らかになっていく。乞うご期待!
マリエ Marie さん
1987年生まれ。10歳の時にスカウトされ、モデル活動を開始。2005年に雑誌「ViVi」(講談社刊)の人気モデルとして一躍注目され、数々のショーに出演。その後TVのバラエティ番組などでレギュラー出演を務める。11年、ニューヨークのパーソンズ美術大学に留学しファッションを専攻。帰国後に自身のファッションブランド「PASCAL MARIE DESMARAIS(パスカル・マリエ・デマレ)」を立ち上げ、デザイナーとして活動。環境省「つなげよう、支えよう森里川海アンバサダー」を務める。22年に女児を出産。
https://pmdonline.jp/
Instagram : @pascalmariedesmarais_pmd
photography : Aya Kawachi, Mirei Sakaki director: Mitsuo Abe styling: Marie hair & makeup: Makoto Saito (Lila) editing & text: Miki Suka
collaboration: Isamu seikaku, Yamakuni, Millais Designs