しなやかで柔らかい革をつくるタンナーに、マリエが出会う。

「わあ、綺麗!」
まるで大きなカーテンのように、幾重にも掛けられたレザーを目の当たりにして、マリエさんが感嘆する。繊細なニュアンスの中間色、光の束のような暖色、闇夜のような漆黒が織りなすグラデーション。山間を吹き抜けてくる冷たい風を受けて、色鮮やかに染められた革がゆったりと波打っている。

革が生まれ、育まれる場所へ。

オリジナルのレザーアイテムを制作するにあたり、いくつもの革サンプルの中からマリエさんが選んだのは、しなやかでハリのある風合いをもつ牛革だった。自身のブランドにおいてもできるかぎり生産現場に足を運び、素材や製品をつくる人たちと対話を重ねてきたマリエさんは、この革の生まれた場所を訪れたいと願った。そして兵庫県たつの市のタンナー(製革業者)、ヤマクニへの訪問が実現した。

壁のない、風通しのよい建物の中で、革をゆっくりと乾燥させていく。

たつの市は、古くから革の生産地として多くの工場が独自の技術を発展させてきた全国有数の皮革産地のひとつ。レザーアイテムを手がける国内外のアパレルブランドやクリエイターたちから高く評価されているタンナーも多い。

ヤマクニの工場1階に並ぶ、「ドラム」または「太鼓」と呼ばれる機械装置。大きな樽のような形をした容器に革を入れ、染色を施す。

ひとつひとつの工程に、職人たちの技術力と経験が生かされる。

柔らかな冬の自然光を浴び、革が黄金色に輝いているよう。

「本当に美しい。風が吹くとレザーのいい香りがしますね」と、マリエさんは乾燥中の革の色合いや匂い、手触りを確かめながら言う。

「冬場なら最低でも1週間、染め上げたばかりのレザーをこうして自然乾燥させます。強制的に乾燥させる方法もありますが、時間をかけて自然に乾かしていくことが、ソフトな風合いを生み出すための大事な工程なんです。時間をかけることで、繊維へ油脂分がゆっくり浸透していきます。さらにソフトに仕上げる場合は、自然乾燥した革をもう一度ドラムに戻し入れ、油脂分を浸透させて、また干すということを繰り返します。仕上がるまでに1カ月くらいかかるものもあるんですよ」。そう話すのはヤマクニの代表、坂本英和さんだ。

1950(昭和25)年創業のヤマクニは、業界内でも一目置かれるほど薄く、しなやかな牛革をつくることで知られるタンナー。坂本さんによれば、この自然乾燥の工程には一般的な乾燥時間の約3倍をかけているのだという。

ヤマクニの坂本さん(右)の説明に、真剣に耳を傾けるマリエさん。より薄い革を製造する際には、写真右奥のステンレスドラムを使用し、水温を上げることで油脂分の浸透を促すそう。

柔らかさを追求する、タンナーの研究心。

「こうして並んでいる革の美しい色の調合も、坂本さんがやっていらっしゃるのですか。すごくカッコいいですね! それぞれどんな製品になるんだろうって、想像が膨らみます」と、マリエさんはデザイナーとして大いに刺激を受けた様子。「色合いが決まる染料の配合は、細かくデータを取って研究しています。革の厚みに応じて使用する染料の量も変わってきますし、薄い色なら0コンマ何グラムというほんのわずかな量でも違うと色がぶれてしまう。理想の色を出すためには、気を抜けません」と、坂本さんは説明しながら、1枚1枚の革の色の表情をチェックする。

マリエさんが今回の企画のために選んだのは、レザーそのもののナチュラルな風合いを生かした、特に肌触りのよい1枚だった。「決め手は、この肌触りでした。すごく柔らかくてびっくりしました。これは自然のままの風合いということですか」と尋ねるマリエさんに、坂本さんはこう答える。「その通りです。マリエさんの選んだレザーは『染料仕上げ』と呼ばれる、いってみれば化粧をしていない、人間でいうところの“すっぴん”なんです。このしっとりしなやかな肌触りがいちばんの特徴です」

今回のプロジェクトで使用する革を手にして、「この柔らかさに驚きました!」とマリエさん。

この日、自然乾燥していた革のなかには、まだ微かに湿っているものも。乾かしても3キロをゆうに超える一枚革もある。

革を柔らかくするための方法のひとつに、「バタ振り」と呼ばれる工程がある。自然乾燥させた革を機械の腕に固定し、バタバタと上下に振ることで革の繊維をほぐしていく。30分ほどかけてほぐすことによって、革は格段に柔らかくしなやかになる。「革がどうしてこんなにも柔らかいのか、ここに来るまで不思議に思っていましたが、『バタ振り』の工程を見てすごく納得できました」とマリエさん。

さらに今回の革は、柔らかさに加えて革らしい味わいをさらに出すために、「再鞣し」の工程で植物タンニンを入れ、ふかふかとした膨らみのある柔らかさをもたせたという。

革を豪快に上下させて一気にほぐしていく「バタ振り」という工程。日本で発明されたといわれるバタ振り機は、いまは海外のタンナーでも使われている。

ドラムで染色した革を、さらにオーダーに応じた色合いに仕上げていく。

ゆっくりと進む巨大なベルトの上にのせられたレザーを見守るマリエさん。

「柔らかいレザーをつくるには、急いでも4週間はかかります。でも、自然の力を借りてゆっくりと仕上げていく革は、柔らかいのに力強い。そして長く使うことができるんです。いろいろな意味で環境にやさしいレザーともいえるんですよね」

そんな坂本さんの言葉と、手にしたレザーの優しい感触に、マリエさんは目を輝かせる。坂本さんたちが丹精込めてつくり出した革がコートとして生まれ変わったら、その着心地はきっと格別だろう。

完成した革は、出荷の準備に入る。さまざまな色味と質感のレザーが、次々と出来上がっていく。

「柔らかい革は肌なじみがよくて、革という素材の温かみをより感じることができます。今回、初めて見る工程ばかりでしたが、職人さんたちが一枚一枚、手をかけてつくり上げていくレザーは、大量生産ではつくることのできない貴重な素材なのだと、あらためて感じました」。ここでつくられる革そのものが、まるで芸術品のようだと絶賛するマリエさん。最初に革に触れた時の感動も、タンナーの情熱も、すべてをデザインにのせて、マリエさんのプロジェクトは進んでいく。

「題して“エターナルコート”! 特別に柔らかい1枚のレザーが、美しいコートになります。そして、そのコートが時を重ねると、7つの別のものへと姿を変えるんです。革そのものが循環していく形を、表現したいと思っています」

前回の記事でマリエさんが言及した、「一生付き合っていくためのディレクション(指示)」が付き、形を変えていくコートとは? 次回はそのディレクションに関わる技術と、7つの“別のもの”の中でもマリエさんにとって大きな意味をもつアイテムにクローズアップする。

「こうして現場に足を運び、職人さんの働く姿を見ることこそ、デザインの原動力です」とマリエさん。

マリエ Marie さん
1987年生まれ。10歳の時にスカウトされ、モデル活動を開始。2005年に雑誌「ViVi」(講談社刊)の人気モデルとして一躍注目され、数々のショーに出演。その後TVのバラエティ番組などでレギュラー出演を務める。11年、ニューヨークのパーソンズ美術大学に留学しファッションを専攻。帰国後に自身のファッションブランド「PASCAL MARIE DESMARAIS(パスカル・マリエ・デマレ)」を立ち上げ、デザイナーとして活動。環境省「つなげよう、支えよう森里川海アンバサダー」を務める。22年に女児を出産。
https://pmdonline.jp/
Instagram : @pascalmariedesmarais_pmd

photography : Aya Kawachi director: Mitsuo Abe styling: Marie hair & makeup: Makoto Saito (Lila) editing & text: Miki Suka collaboration: Isamu seikaku, Yamakuni

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