光沢のある美しい革を求めて、千賀健永がタンナーを訪ねる。
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デザインから縫製に至るまで、スニーカー制作やリメイクを自ら手がけている千賀健永さんが、初めてオールレザーのローファーづくりに挑戦中。高級感にこだわったローファーを目指して千賀さんが選んだのは、ガラスのようにパリッとした艶のある革だ。まさに上質な革靴にふさわしい光沢は、特殊な加工技術によって生まれるもの。
千賀さんが今回足を運んだのは、革の四大産地のひとつである兵庫県姫路市に位置し、タンナー(製革業者)のなかでも革靴に特化した革の生産を得意とするイサム製革。1950年代創業という歴史をもち、大手靴メーカーでも使用されるレザーを製造する。「太鼓」または「ドラム」と呼ばれる巨大な装置がいくつも並び、もくもくと湯気を立ち昇らせる様子に、「すごいな」と千賀さんは思わずつぶやく。まだ柔らかな、生まれたての革を手にした千賀さんの眼差しは、ものづくりに真剣に取り組むクリエイターの視線そのもの。
生きた証を確認しながら、革をつくる。
「皮には、それぞれ生きた証ともいえる個性があります。虫刺されによる穴もあれば、傷やシワもある。それを一枚一枚手に取って確認し、その皮に合わせた加工を施すことで、極力状態が均一となるような良質な製品に変えていくのが私たちの仕事です」
そう話すのは、イサム製革の2代目であり代表を務める中島一雄さん。バッグや靴に使用されるエナメルレザーやソフトレザーを中心に製造していた時期を経て、30年ほど前から光沢感が美しい靴用のガラスレザー*を手がけている。
初めて足を踏み入れたタンナーの工場で、鞣されたばかりの濡れた革を目の当たりにし、太鼓から取り出された染めたての温かな革に触れた千賀さん。「すごく柔らかい! 水分を含んだ革も、染色している状態も初めて見ました。僕が買う革は、仕上がるまでにこんなにもたくさんの工程を経ているんですね」
*革の表面を丹念に削り、仕上げ塗装した革。
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クロム鞣しを施した染色前の革は、クロムの薄い青色をしているため「ウェットブルー」と呼ばれる。この段階でそれぞれの個体をチェックし、靴やバッグなど用途別に選別していく。「それぞれの革のベストパフォーマンスが引き出されていくんですね」と千賀さん。
大きな太鼓に入れて洗浄や染色を施された後の濡れた革は、ゆっくりと乾かしていくため、自然乾燥が行われる。革の状態によって塗料の濃度や配合のバランスを変えるだけでなく、季節や天候により乾燥の状況が大きく変わるなかで一定した品質を保つため、中島さんは何よりも長年の経験と、蓄積してきたデータを大切にしている。
「職人さんたちの技術や高度な機械で、生き物である皮を均一に美しく鞣して加工する技術は、本当に日本人ならではの緻密さだなって思います」と千賀さん。
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牛皮が80枚ほど入る大きな太鼓。工場にはほかにも、革のサイズに合わせて使用される小さい太鼓もある。
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染色を施したばかりの温かい革に触れ、その柔らかさに驚く千賀さん。革によって染まり方が変わってくるため、染料の配合のチェックが細かく行われている。
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自然乾燥をさせて水分が抜けると、革は硬くなり、色も濃くなってくる。
特殊なコーティングで完成する、革靴らしいツヤ感。
革の総仕上げとなるのが、表面を丁寧に磨き、コーティングを施していく工程だ。大きな機械のベルトに乗せられた革に、塗料が瞬時に吹き付けられ、輝きを増していく。
「ガラスのようなツヤだけでなく、機械を使って職人が手染めしたような柄を付けることもできるんです。ヴィンテージのようなランダム感も特徴で、オーダーに合わせて絵柄を重ね合わせることもできます」と語るのは、中島一雄さんとともに革づくりに携わる息子の隆満さん。伝統を継承しながら、若い世代ならではの視点で新たな表現を生み出している。
「この柄、バランスがいいですね。デザインの発想が湧きます! これまで手に取っていた革は単色で染められているものが多かったので、この技術にはびっくりです。革のどの部分を使っても、同じ柄で同じ表情の素敵な靴やバッグが出来上がるので、つくる側としては革を余らせることなく生産性が高いのも魅力的です」と、千賀さんはクリエイティブな想像を膨らませる。
「革の加工ってよくお化粧にたとえられるのですが、革そのものの質感を生かす薄化粧に対して、しっかりと塗装を施した厚化粧もあります。どちらも革ならではの魅力を楽しむためのものですが、千賀さんは見分けられますか?」と、中島一雄さんが笑いを誘う。
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ガラスレザーの仕上げとなる工程。合成樹脂をコーティングして仕上げていく。
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隆満さんは、主に仕上げの担当を任されている。父である一雄さんから技術を受け継ぎつつ、新しい視点で革の製造に向き合っている。
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「アンチック加工」と呼ばれる、機械を使ってムラ染めを施した革。1台の機械で12種類もの柄を付けられるのはイサム製革ならではの技術だ。複数の柄を重ねたり組み合わせたりすることも可能だという。
「革ってこんなにも手間をかけられ、愛され、尽くされて出来上がるんですね。長い時間をかけて職人さんたちが向き合ってきた革の一枚一枚には、人のぬくもりが感じられるし、本当にピュアな想いが込められているように感じます」。ローファーの仕上がりを目前に控えた千賀さんの気持ちにも変化が生まれたようだ。
人の心の声に耳を傾け解釈するのが得意で、その人がどうすれば幸せになれるかを考えるのが好きだと教えてくれた千賀さん。 自身のSNSで行う悩み相談での、千賀さんの熱く真摯なアドバイスが話題を集めるのもうなずける。タンナーたちの真摯な仕事ぶりや革の可能性に触れて芽生えた温かな想いは、彼が手がけるアート作品、そして今回のローファーに対する気持ちとも重なったのかもしれない。
「“自分らしさ”を落とし込んでいきたい。ただ絵を描くとか、靴をつくるのではなくて、誰かの “何か” になるものにしたい。『この絵があったから人生が救われた』とか、『この靴があったから勇気をもてた』とか、そんなふうに思ってもらえるような作品を、これからも意識してつくっていきたいと思いました」
タンナーが丹精込めてつくりあげた、美しい光沢を纏った革を用いたローファーが、あと少しで完成する。そんな特別な一足の縫製の一部を、千賀さんは自ら手がけたいと申し出た。次回は、千賀さんが担う工程をレポートするべく、プライベートアトリエに潜入!
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美しい光沢感が特徴のガラスレザーは、著名な大手靴メーカーに採用されている。
千賀健永さん
1991年生まれ、愛知県出身。Kis-My-Ft2のメンバー。2011年、シングル「Everybody Go」でCDデビュー。23年、東京・表参道「スペース・オー」で初の個展『FiNGAiSM』を開催。その後、同展は台北へ巡回。24年には原宿と名古屋で『FiNGAiSM』展を開催、新作を披露したほか、韓国でのグループ展にも参加。MBS系ドラマ「愛人転生 -サレ妻は死んだ後に復讐する-」(24年)ではダブル主演を務めた。
ジャケット、メッシュパーカー、メッシュタンクトップ、パンツ、シューズ/以上KENZO(KENZO Paris Japan)
ほかスタイリスト私物
●問い合わせ先:
KENZO Paris Japan tel:03-5410-7153
photography: Sayuki Inoue director: Mitsuo Abe cinematography: Kegan Yako styling: Kei Shibata hair & makeup: Yuriko Tanzawa text: Miki Suka collaboration: Isamu Seikaku, Uniters Far East