究極の靴用レザーをつくる、姫路のタンナーの挑戦。
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アーティスティックな感性と靴づくりの腕前を存分に発揮して、オリジナリティあふれるローファーを制作中の千賀健永さん。その過程で、千賀さんにとって思い出深い訪問場所となったのが兵庫県姫路市のタンナー、イサム製革。姫路市の中心部から少し離れたのどかなエリアの河川のそばに、大きな工場を構えている。天井の高い工場内には鞣しや染色の工程で使用される木製の「太鼓」がいくつも並んでいて、時折大量の湯気がもくもくと立ち上る。
先代の知恵と次世代の感性が融合した革。
「近くを流れる市川の水が鞣しに最適な水質のため、この地域にタンナーが集まったようです。同じ革の産地として知られる兵庫県たつの市に流れる川が軟水であるのに比べて、姫路の川は硬水。これは出来上がる革の柔らかさにも通じるといわれていて、姫路ではシワになりにくい硬めの革が仕上がるんだと、先代から聞かされてきました」
1950年代創業のイサム製革は、現在2代目の中島一雄さんが家族とともに営んでいる。中島さんは、革の扱い方や見極め方、鞣し方などのさまざまな技術を初代である父から受け継ぎ、時代に合わせて少しずつ加工の方法を進化させながら、現在は主に紳士靴向けの硬くツヤのあるガラスレザー * を生産している。
「革はもともと生きていた動物からいただいたものですから、ひとつとして同じものがありません。すべて表情が違うので、毎日一枚一枚を必ず触って確かめます。その日の気温や湿度に合わせて、加工の温度を変えたり、アイロンの圧を変えたり、使用するスプレーの量を変えたりするためには、どうしても手で触らなくちゃわからないんです。いまの時代はデータに頼ってしまいがちですが、これは親父から引き継いだものなので忠実に守りたいですね」
*革の表面を丹念に削り、仕上げ塗装した革。
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原皮をクロムで鞣し、淡い青色に染まった濡れた状態の革は「ウェットブルー」と呼ばれる。この段階で、キズや革の状態などを細かくチェックしていく。
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多くの工程を経て鞣された革は、さまざまな色に染められていく。
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イサム製革の代表を務める中島一雄さん。安定した革の供給のために細かな品質チェックは欠かせないと言う。
「たとえば、10万回履いてもシワができない革をつくってほしいと言われたこともあるほど、靴用の加工はハードルの高い仕事です。我々がつくるガラスレザーというのは、銀(表面)を擦っているので肌目がすごく細かいんです。毎日のように履く学生靴にも使われるので、耐久性も求められています」
有名ブランドの革靴にも使われているガラスレザーは、ツヤやかでハリのある硬さが特徴だ。一方で足に触れる内側は裏処理だけが施されており、ホールド感のあるソフトな肌触り。長年使い続けられること、そして履くほどに足になじむこと。革ならではの特性を追求していくうえで中島さんがいつも念頭においているのは、“いい革とはどんな革なのか”を知ることだと言う。
「長年この仕事をやっていると、使う薬品が変わったり求められるものが変化したりしていきます。昔の革靴は、はじめは硬いから履くと痛いけれど、履き続けると次第になじんで自分の足の形に合っていくということが当たり前でした。最近は、履いた瞬間から足に優しい革靴が求められています。最初から足が痛くならないよう、耐久性と同時にソフトさも必要だということです」
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革の表面のツヤを出すため、バフィングと呼ばれる研磨作業が行われる。凹凸が取り除かれ、滑らかな触り心地に。
“化粧”によって、革はさまざまに変化する。
数多くの工程を経て、見た目や肌触りが大きく異なる革をつくり出すタンナーたちは、バリエーション豊かな革の加工をよく化粧にたとえて表現するという。
「加工をすればするほど、化粧は厚くなっていきます。ツヤツヤになるまで化粧をすることもあれば、革の肌目が見えるような薄化粧や、顔料を使用せずに革本来のくすみをあえてムラ感として残す方法もある。好みも使い勝手も違う革だからこそ、その人にとっての“いい革“に出合ってほしいなと思いますね」
中島さんは日々研究を重ねながら、若い人たちにこそ「いい革とはどんな革なのか」ということに向き合ってもらいたいと語る。そんな中島さんの隣で、常に新しい視点をもちながらサポートをする長男・隆満さんの存在は、きっと大きいはずだ。
「お客さんから言葉だけで伝えられるリクエストを、実際に革で表現するのはすごく難しいことです。でも『この革がほしかったんだ!バッチリだよ!』って言ってもらえて、要望に応えられた時はすごくうれしくて、やっていてよかったなって思います」
そう語る隆満さんが見せてくれたのは、ムラ染めのようなパターンを機械で施していくというアンチック加工の工程。イサム製革では12種類もの模様をそれぞれ組み合わせて塗装することもでき、バッグや靴のほかソファなどのインテリア用の革にも活用されている。
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塗装作業。リクエストに合わせて革全体に染料や顔料を吹き付けて仕上げていく。
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塗装機から出たばかりの革を確認する隆満さん。仕上げの最終段階として、色味の出方やツヤ感などを触って確かめていく。
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イサム製革独自の機械でつくられたアンチックレザー。手作業で生まれたような12種類の柄は、さらに複数の種類を組み合わせることも可能だ。
「革は手入れさえすれば一生使えるもの。持って自分の手になじむような、自分だけの好きな革に多くの人が出合えるように研究を続けたいですね」と中島一雄さん。
タンナーの仕事を目の当たりにした千賀さんも、「革が1枚でも多く、誰かにとって靴だったりバッグだったり、生活の一部になったらいいなと思います」と感慨深そうに語っていた。受け継がれてきた技術を次世代へと繋ぎつつ、時代に合わせて進化するタンナーの仕事は、さまざまな表情をもつ革そのもののよう。今日もタンナーの工場では、いずれ誰かにとって“自分だけの革”になるであろう美しい革が生みだされている。
イサム製革
兵庫県姫路市花田町高木80
https://www.kawa-ichi.jp/tanner/isamu/index.html
photography: Sayuki Inoue director: Mitsuo Abe cinematography: Kegan Yako text: Miki Suka collaboration: Isamu Seikaku