[ぷちSTORY]命を繋ぐ。井上咲楽が栃木のタンナーで見た循環の道。

幼い頃から栃木県益子町の山あいで暮らし、無駄なものを持たずに自然に寄り添う暮らしを紡いできた、タレント・俳優の井上咲楽さん。使い捨てをほとんどせず、壊れたものは自分で直したり、布製の蜜蝋ラップや卵の殻の化粧水を手づくりしたり。上京したいまもエコなライフスタイルを続ける井上さんがこの日訪ねたのは、地元・栃木県に根を下ろすタンナー(製革業者)、栃木レザーだ。

栃木レザーは、自然由来の植物タンニンを使った“ベジタブルタンニン鞣し”を昔ながらの工程で続けている数少ないタンナーのひとつだ。原皮の水戻しから出荷にいたるまで、20もの工程を経て生み出される革には、職人の心血が注がれており、ファンも多い。

“水戻し”を行う樽状の回転機(ドラム)の前で、栃木レザー代表取締役の遅澤敦史さんの説明を聞く井上咲楽さん。ドラムからは、時折大きな音を立てて大量の水が吐き出される。

1カ月かける鞣しを経て、皮から革へ。

この日、工場に足を踏み入れた井上さんがまず目にしたのは、“ドラム”と呼ばれる大きな回転機。ぐるぐる回るドラムの中では、腐敗防止のために塩漬けにされた牛の原皮が水洗いされている。

「“水戻し”という工程で、24時間かけて原皮の塩や汚れを洗い落とします。水分を含ませることで、皮を本来のしなやかな状態に戻しているんですよ」

栃木レザー代表取締役の遅澤敦史さんの説明に、「24時間も! 水で戻すって、なんだか昆布みたいですね」。料理好きで知られる井上さんが、驚きながらそうつぶやく。

栃木レザーなどの国内のタンナーが扱う皮は、食肉になる過程で生まれる副産物で、革製品のために動物を殺めることはしない。遅澤さんの説明を聞いた井上さんは、「動物の命を無駄なく使うことは、昔アイヌの文化を漫画で読んだ時に知りました。食べて終わり、ではなく、革になって命が生き続けるんですね」。

水戻しをした原皮を濃度の異なる石灰液のピット槽に漬け、5日間かけて丹念に脱毛していく。ピット槽での石灰漬けは、ドラムを使った方法より約5倍の時間がかかるが、水の使用量も抑えられ、皮に負担を与えないという。

水戻しを終えた皮は、石灰による脱毛などの工程を経て、いよいよタンニン鞣しへと進む。鞣しの現場には、ミモザの樹脂から抽出された、赤茶色のタンニン溶液をたたえた160ものピット槽がずらりと並んでいる。皮を濃度の薄い順に5段階で漬け替えていき、すべての液に漬け終えるのにかかる時間は、約1カ月。皮が革に生まれ変わる、長くも大切な時間だ。

「“皮”を鞣すことで、腐敗を防ぎ、柔軟性や耐久性のある“革”へと変化させます。じっくり長い時間をかけて鞣すことで、繊維が崩れず、長年使ってもへたらない革になる。手に取った商品は、なるべく長く使ってほしいから、この一手間は惜しみません」と遅澤さん。

「効率化を目指さず、昔ながらの方法を続けているんですね」と感心する井上さんに、遅澤さんはこう答える。

「革という自然物に対して、なるべく負担のないナチュラルな方法で仕上げたいという思いがあります。生きていたものと向き合う時に、何かを省略して雑に扱いたくはないんです」

160ものピット槽がずらりと並ぶ、タンニン鞣しの現場。赤茶色のタンニン溶液をたたえた槽が奥まで連なる光景に、井上さんも思わず目を見張っていた。

ピット槽の皮を吊るすのは麻ひも。使い捨てのビニールひもよりも高価ながら、耐久性があるため何度でも再利用できる。こんなところにもサステナブルな工夫が息づいている。

再鞣しを行うドラムの前で、工場長の三柴さんの話に耳を傾ける井上さん。再鞣しは用途に応じた柔らかさや風合いを生み出す工程だ。

自然の中に“住まわせていただいている”という感覚。

井上さんが最後に見学したのが、敷地内の排水設備。革を鞣す工程では、1日に約900トンもの水を使用する。この大量の水を、自社内の設備を用いて浄化しているのだ。

「栃木レザーは、社名に“栃木”を掲げる誇りから、地域に貢献し、また地域に迷惑をかけないものづくりを目指しています。私たちは昔から、すぐそばを流れる巴波(うずま)川の水を革づくりに利用させていただいています。自分たちで使用した水は、自分たちで処理し、再利用する。先代からずっと大切にしている姿勢なんです」と遅澤さん。

山の中で育った井上さんも、その姿勢には共感する部分があるようだ。

「幼い頃からずっと、自然の中に“住まわせていただいている”という感覚がありました。 私も家族も、“地球環境に優しい、SDGsな暮らしをしよう!”と肩肘を張っているわけではなく、せめて人間の手で汚したものは極力人間が責任を持って綺麗にすべき、と考えているんですよね」

栃木レザーの敷地内にある排水設備。ここまで大規模な自社設備を持つタンナーは珍しい。

薬品は一切使用せず、バクテリアや微生物などの自然由来の力を用いて汚水を浄化させる。浄化された水の3分の1は原皮洗いに再利用するという。

栃木レザーでは、排水を浄化させる過程で沈殿する堆肥物や汚泥も、乾燥させて土壌改良剤として再利用するなど、循環を意識したものづくりを徹底している。井上さんも、実家では生ゴミをコンポストで堆肥にしていたという。

「生ゴミが減るとその分ゴミ出しが楽になって、こちらにもメリットがある。エコな暮らしも、“地球のため”だけでは続かない。自分たちにもいいことが返ってくるから、続けられるんだと思います」

ゴルフ場などの協力のもと試行を重ね、乾燥させた汚泥を土壌改良剤として再利用。

時を重ねるほどに魅力を増す、革のような存在に。

栃木レザーの革づくりを見学し終えた井上さんは、あらためて、その環境に向き合う姿勢と、革そのものの奥深い魅力に気付かされたようだ。

「地域に根ざし、環境に配慮しながら、多くの人に愛されるものづくりを続けている栃木レザーさんの姿勢に感銘を受けました。また、革がこんなにも長い時間をかけて、丁寧につくられるものだったのかと驚きました。大切につくられたものは、大切に使いたくなります」。井上さんがそう感想を口にすると、遅澤さんが微笑みます。

「“革は完成度8割”ということがあるんです。残りの2割は、製品を手にしたお客様が時間をかけて使いこんで、自分の風合いにしてやっと完成させる。もともと生きていたものなので、“育てていく”という感覚を大切にしてほしいんです」

栃木レザーアンテナショップにて、ヌメ革の風合いを確かめる井上さん。

井上さんは、2024年に旅行先のロンドンの古着屋で、初めてのレザーライダースジャケットを購入したそう。

「実は、“似合わないんじゃないか“と、ずっと洋服だんすで眠らせていたんです。でも、これから自分仕様に育てていって、少しずつ似合うようにしていけばいいんですね」

循環のなかで生まれ、時とともに風合いを増し、育っていく革。自然に寄り添う暮らしの中で自分らしさを育んできた井上さんは、自身の生き方と重ね、最後にこう話してくれた。

「普通、“もの”って買った瞬間がいちばん美しくて、そこから劣化したり傷ついていったりしますよね。でも革製品は使い込むほどに味わいが増して、長く使っている人がむしろかっこよく見える。私もそんなふうに、年齢を重ねていけばいくほど輝いていく存在でありたいなと感じます。そういう生き方や仕事を、今後も選んでいきたいです」

井上咲楽さん
1999年生まれ、栃木県益子町出身。2015年、『第40回ホリプロタレントスカウトキャラバン』特別賞を受賞し、芸能界入り。2020年、トレードマークだった太い眉毛を番組の企画で卒業。以降は『新婚さんいらっしゃい!』のMCなど、バラエティー番組を中心に活躍の幅を広げている。俳優としてNHK大河ドラマ『光る君へ』(24年)に出演。24年5月に『井上咲楽のおまもりごはん』、11月に『じんせい手帖』を出版。特技はマラソン。
Instagram: bling2sakura
X: https://x.com/bling2sakura
YouTube: https://www.youtube.com/@inoue.sakura


栃木レザー株式会社 代表取締役 遅澤敦史さん
1978年生まれ。大学卒業後、大手製靴メーカーを経て栃木レザー入社。同社では各工程を専門的に担う通例があった中で、製造の全工程を経験して革づくりの全容を理解。栃木レザーの全貌とその魅力を伝える伝道師としての役割も担う。2021年に社長に就任。

栃木レザーアンテナショップ
栃木県栃木市河合町 1-68
営)11時~18時
休)月 (祝日の場合は翌営業日)
https://onlineshop.tochigi-leather.co.jp
Instagram: @tochigi_leather_official

ワンピース/ ミドラ
シアーワンピース/ シール (ともにジョワイユ)
イヤリング・ブレスレット/ ナチュラリ ジュエリ

●問い合わせ先:
ジョワイユ tel: 03-4361-4464
ナチュラリ ジュエリ 新宿髙島屋店 tel: 03-3351-5107

photography: Sayuki Inoue, styling: Misa Kumagai, hair & makeup: Satomi Kurihara (Three PEACE), text: Marika Nakamura

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