特別な一着が生まれる工房で、伊藤健太郎が見つけたもの。

自らが描いたデザイン画をもとに、オリジナルのレザージャケットづくりを進めている伊藤健太郎さん。制作のステップを確かめるために訪れたのは、千駄ヶ谷にアトリエとショップを構える「ノーノーイエス(No, No, Yes!)」だ。出迎えてくれたのは、代表でデザイナーの橋本タイチローさん。ヴィンテージやミリタリーウエアを探求し、使い込むほどに味が深まるレザーならではの“経年の美”に魅せられてきた人物だ。ノーノーイエスは、オリジナルブランド“所作”の革小物の販売に加え、身体に馴染む一着をオーダーメイドで仕立てる“レザーテーラー”を展開している。そのアトリエには、国内外から集められたさまざまなレザーが並び、旅先の色を映すオブジェが静かに存在感を放つ、ブランド独自の世界観が広がっていた。

やわらかな馬革の特性を生かした、一点もののジャケット。

「伊藤さんのデザインからは、シンプルな中に仕様へのこだわりがしっかりと感じられました。『服がお好きな方なんだな』と嬉しくなりました。馬革は繊細でとてもデリケートですが、使う人ならではの表情を刻んでいく素材です。傷やシワさえもやがて味わいになる。そういった魅力を服としてどう美しく引き出すかに注力しました」と、橋本さんは語る。

国内4大皮革産地のひとつである姫路にも拠点を持つノーノーイエス。姫路のほか、コレクションのために海外にも足を運ぶという橋本さんは、日本の革の魅力について「触れたときのやわらかさと、肌に吸い付くような質感」と表現する。

「水が違うんです」。橋本さんはそう切り出す。鞣しには大量の水を必要とするため、革づくりに水は欠かせない。ヨーロッパやアメリカの多くが硬水であるのに対し、日本のほとんどは軟水。軟水で鞣すことで、革はしなやかに仕上がり、染料も均一に浸透、日本ならではのきめ細やかな表情が生まれるのだという。そこに、最も重要なタンナー独自のレシピと技術が加わることで、オリジナルの風合いと質感が生み出される。

「ノーノーイエス」代表でデザイナーの橋本タイチローさん。” オンリーワン”の革という素材だからこそ、オーダーメイドのジャケットづくりにこだわる。

レザージャケットの仕立てに触れる。

作業台に広げられた2種類の馬革を、伊藤さんは手に取る。茶芯の革は、着込むほど表面が擦れ、奥に潜む茶色が少しずつ現れる。ヴィンテージのフライトジャケットのように、使う人の時間が刻まれていくような素材だ。襟に使う一枚革の金茶色のスエードレザーには、硬さも表情もわずかに異なる部分がある。“コードバン層”といわれる、馬のお尻の部分に位置する緻密な繊維層だ。革のどの部位を切り出して使用するか、また、革の表面(ヌバック)と裏面(スエード)のどちらの面を使うかで、仕上がるジャケットの印象も着心地も変わっていく。

「自分の好きな表情の革の部分を、そのまま襟に使うことができるんですね。面白い!」。伊藤さんの声も弾む。

さらにアトリエでは、スタッフの手ほどきを受けながら、ジャケットづくりの工程に向き合う伊藤さんの姿があった。革の縫い目をフラットに仕上げるため、縫い代をハンマーで丁寧に叩いていく。作業に打ち込む表情は、真剣そのものだ。

「縫い代の加工のように、着てしまえば見えない内側にこそ細やかに手をかけることが大切なんです。20年、30年と着続けたときに、その差がはっきりと表れますよ」と橋本さんは言う。

襟部分に使用する金茶色のスエードレザーが、パターンに沿って切り出されている。

裏地に隠れて見えなくなる繋ぎ目部分にも、細やかに手をかける。

袖の縫い代の処理にチャレンジ。

「こんな状態で服を見るのは初めてなので、面白いです」。仕上がった袖部分に腕を通す伊藤さん。

馴染んでいくことが、レザージャケットの醍醐味。

作業のあいだ、アトリエには心地よい音楽が流れている。ノーノーイエスでは、オーダーメイドのジャケットを縫製する際、注文した人が日頃よく聴いている音楽を流すという。それは、その人のライフスタイルや心の温度までをもジャケットに縫い込んでいく、胎教音楽のようなものだと、橋本さんは微笑む。本日の一曲は、伊藤さんが好きなカントリーミュージックだ。

かつては紙の実寸で行っていたパターン制作も、現在はPCで行われる。ノーノーイエスのベテランパタンナー・上野ユージさんの画面を覗き込む。

完成した衣服がどのような動きをするのか、3Dでのシミュレーションも可能に。

フィッティングのために用意された、布製の仮縫いに袖を通す伊藤さん。身体の包まれ方、腕の長さ、襟の見え方、ひとつずつ確かめるふたりの眼差しは真剣だ。

「見た目の“かっこよさ”をなぞるだけではなく、身体に寄り添う一着にしたいんです。オーダーメイドであること、そしてレザーという素材だからこそ叶えられるフィット感があります」と橋本さん。

仮縫いフィッティングで伊藤さんの身体に合わせて全体のバランスと細かい調整を行う。

「この時間そのものが、とても楽しいですね。長く着たレザージャケットは、年月とともに自分の一部のようになっていく。まして、自分の身体に合わせて仕立てた一着なら、なおさら深く寄り添ってくれるはず。“馴染む”ことこそ革の醍醐味。だからこそ、愛着そのものになっていくのかもしれませんね」

ジャケットに刻印されたロゴは、伊藤さんが言葉を選び、自ら作成した「Appreciate Life」。命への感謝を込めた言葉だ。革製品の背景には、必ず命がある。タンナーやアトリエにおける制作の過程で、その命をしっかりと感じ取り、“かたち”にしていく職人の技術と熱量に触れてきた伊藤さん。そこには、目には見えない想いの重なりがあった。

「店頭に並ぶ一着だけを見ていたら、気づけなかった大切なことに触れることができました。作り手への敬意、革への感謝。一枚のジャケットに、想いが幾重にも重なっている。まとう瞬間、その重さをポジティブに受けとめられる服になるんじゃないかと思います。今は、とにかくその時が楽しみです」

次回、いよいよ完成したジャケットがお披露目される。伊藤さんが初めて袖を通す瞬間をお届けしたい。

伊藤健太郎さん
1997年生まれ、東京都出身。モデルを経て、10代で俳優デビュー。『今日から俺は!!』で一躍注目を浴び、映画『惡の華』『とんかつDJアゲ太郎』などの話題作に出演。映像・舞台問わず、ジャンルレスに活躍を続ける注目俳優のひとり。2024年に『光る君へ』で大河ドラマ初出演を果たし、25年には、映画『少年と犬』『#真相をお話しします』『ストロベリームーン』、ドラマ『未恋〜かくれぼっちたち〜』『彼女がそれも愛と呼ぶなら』などに出演。公開待機作にWOWOW×Lemino連続ドラマ『北方謙三 水滸伝』などがある。
Instagram: kentaro_official_

photography: Sayuki Inoue, movie director: Mitsuo Abe, cinematography: Shota Kai, styling: Yuya Maeda, hair & makeup: Kenji Takeshima, text: Miki Suka
collaboration: No, No, Yes!

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