季節に応じてお手入れすれば、革はもっと長持ちする!

革製品専門の修復工房「美靴工房」が得意とするのは、それぞれに異なる革の表情や風合いを生かした修復だ。「きちんと手入れをして、20年、30年と付き合ってほしい」というテクニカルディレクターの保科美幸さんに聞く、革との上手な付き合い方。

持ち主の思い出をヒアリング。

二子玉川にある革製品の修復工房「美靴工房」には、全国からクレンジング(洗浄)やリペアが必要な革製品が集まってくる。持ち込まれるのは、「起業した時に両親からプレゼントされたバッグ」、「子どもが生まれた時、マザーズバッグとして使いこんだトートバッグ」など、思い出がたくさん詰まった革製品だ。ブランド品も少なくないが、ときには本体の価格よりも修理代のほうが高くつく、なんてケースも。それでも修復は7、8カ月待ちというから、持ち主の思い入れや愛着がいかに大きいかがわかる。

「美靴工房」のリペアの特徴は、ただ革をきれいにするのではなく、そのモノの個性を生かしつつ、よりよく使えるよう手を加えることにある。テクニカルディレクターの保科美幸さんら女性の職人が、これまでの使い方や使う頻度、これからどう使っていきたいのかなどを細かくヒアリング。持ち主が希望する用途に応じたリペアを行う。

テクニカルディレクターの保科美幸さん。

「用途を伺うなかで、色を変えたりパーツを交換したりという提案を行うこともあります。また、女性の靴やバッグでは、クオリティは問題がないのに流行遅れになってしまって使えないというケースが多いので、その時々のトレンドに合わせてデザイン変更を行うこともあります。革製品を長く使い続けてもらうためには、持ち主のライフスタイルに合わせた修復が必要だと思うのです」

エイジングも個性。それを生かして修復する。

もともとは受付スタッフとして、顧客の革製品に対する思い入れを耳にしていた保科さん。持ち主の製品への愛着を知るほどに、当時の職人の修復のクオリティに不満を感じるようになったという。

「当時の染色はスプレーガンを使った“吹付”という手法が一般的だったのですが、バッグや靴にどれだけの思いやストーリーがあるのかを伺った後で、お客さまに対してそれを『修復済みです』と言ってお返しすることはできないと思いました。そこで革本来の味わいを生かすべく、閉店後にブラシや刷毛を使って手直しをするようになったんです」

「美靴工房」では、環境に配慮して有機溶剤を含まない資材を取り入れている。これは染色の様子。革製品ごとに染料や顔料を調色し、その革本来の色合い・風合いに近づける。まるでメイクアップのような繊細なぼかし技術は、この工房ならではのものだ。

それをきっかけに本格的な修復技術を学ぼうと決意した保科さんは、1カ月の半分を修復技術の高いヨーロッパで過ごすように。また、名古屋の仏壇職人のもとに足を運び、刷毛を使った染色のテクニックを磨いた。

「修復で気をつけているのは、革本来の個性や味を損なわないようにすること。新品同様にすることもできますが、それでは別物になってしまいます。革の性質や色調、仕上げ、ブランドごとの特性を生かすのと同様に、エイジングという個性を大切にしながら傷やダメージ、色あせを修復します」

「母親が使っていたバッグを自分で使いたい」という男性が持ち込んだトートバッグ。ハンドル交換は¥12,000〜、パーツの色補修¥20,000〜。状態により金額は異なる。

日頃のお手入れがものをいう。

革製品を長く使い続けるために必要なのは、なによりも日頃のメンテナンスが大事、と保科さん。こまめに手入れをすることでかなりのダメージを防ぐことができる。

「革は、人間の肌と同じです。手をかけた分だけきれいになる。もちもよくなります。使ったら汚れを落とし、保湿をしてあげる。適切な場所で適切に保管する。洋服を洗濯するのと同じ感覚で、革のメンテナンスを日常に取り入れてほしいですね」

保科さんが提案するのは、身の回りにあるものだけで気軽にできるお手入れだ。まずは汚れ落とし。中性洗剤を軽く泡が立つ程度に水で薄め、靴ならブラシ、バッグや革小物なら湿らせて固くしぼったコットンを使って表面の汚れを落とす。バッグはとくにハンドルのクレンジングを丁寧に。もし革にカビが生えてしまったら、この方法で革表面のカビの胞子をよく拭き取る。除菌スプレーやアルコールスプレーは革の色あせを招くので、ぜったいに使用しない。

湿らせたコットンを固く絞り、革表面の汚れを落とす。コットンは傷がつかないので重宝する。

次に保湿。湿った状態の革表面にハンドクリームを手で塗り込む。ハンドクリームはのびのいいタイプがおすすめ。ワセリンは油分が多すぎ、白色のクリームは色が濁るので避ける。クリームをつけすぎたら古くなったストッキングで磨く。これだけで革の色やしっとりとしたツヤが甦る。

「保管方法にも気を使ってあげてください。バッグは付属の布の袋に入れない、靴は箱にしまわない。出かける時にクローゼットや靴箱の扉を開けておく、状況に応じて除湿剤を利用する、など。特にここ4、5年は異常気象の影響なのか、革の色が滲んだり、接着剤が表面ににじみ出てきたりという高温多湿が原因のトラブルが続発しています。保管方法も気候に応じてアップデートしてください」

革は保湿するだけで見違えるほどきれいになる。余分なクリームは古いストッキングでオフ。「古いストッキングはいろいろな用途に使えますよ」

保科さんがおすすめするのは古いストッキングを使った保管方法。脚の部分だけをカットして使い、これに靴を入れて保管する。通気性がいいうえ、もし色のにじみなどがあっても色移りを防ぐことができる。

実はコロナ禍をきっかけに、革のメンテナンス方法に関する問い合わせが急増しているとか。在宅時間が増えたことで身の回りのもののケアに心を配る余裕ができたのだろう。

「一度お手入れをしてみると、効果のほどを実感できるはずです。手をかければかけるだけ、ものに対する愛着は増しますし、革というのはそれに応えてくれる素材なんです。ぼろぼろになって捨てる前にクレンジングしてみたり、パーツや色を変えてみたり、少し手を加えるだけで生き返るものも少なくないんですよ」

ハンドルにストッキングを巻いて保管すると、ハンドルから本体部分への色移りを防ぐことができる。

使い捨てをやめ、修理やお手入れをしながらひとつのもの長く大切に使うことは循環型社会を作ることに通じる。

「ビーガンやベジタリアンでないかぎり、食肉の副産物である革を身の回りに取り入れてそれを長く使い続けることは、環境に配慮した、素敵なことだと思います。楽しんでお手入れしていただき、革製品の物持ちのよさを再認識していただければと思います」

美靴工房 Bika Kobo
東京都世田谷区玉川3-21-8
tel : 03-5491-4103
営)11時〜18時
休)日、祝
www.bika-kobo.com

photography: Midori Yamashita, editing & text: Ryoko Kuraishi

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