使う前よりもっときれいに! 日本のタンナー業のエコな水処理の取り組み。

皮を鞣す工程で大量に使用される水を、「使う前よりもきれいに」をモットーに、高度な水処理を行って自然に還している日本のタンナー業。兵庫県たつの市と栃木レザー、それぞれの水処理の取り組みをフィーチャーします。

画期的だった排水対策。

食肉からの副産物である皮は、そのままの状態では腐敗が進み、硬化してしまう。その腐敗のプロセスを止め、革製品として加工できるようにするために鞣しを行うのだが、鞣す過程では大量の水を使って脱毛や洗浄を行うため、しばしば環境汚染が指摘されてきた。排水に石灰や油脂、獣毛などが含まれ、大きな環境負荷がかかるためだ。

たつの市にあるタンナーのひとつ、中嶋皮革工業所。丁寧に鞣した革を乾燥させている様子。

同じくたつの市のタンナー、中村貢皮革工業所。2階の大きな窓からは、すぐ脇を流れる林田川とその沿岸の風景が望める。

およそ400年前から鞣しが盛んに行われている兵庫県たつの市。林田川沿いに皮革工場が林立するたつの市では、皮革排水対策として画期的な水処理が行われている。昭和30年代、地場産業である皮革産業がその生産を拡大すると工業排水が林田川や農業用水路に流れ込み、林田川と本流である揖保川(いぼがわ)の水質汚染が深刻化。悪臭も引き起こし、周辺地域の生活環境が悪化してしまった。そこで兵庫県とたつの市(*)は、公共下水道事業の一環として皮革工場からの排水を処理する前処理場(公共下水道に流す前の汚水を処理する施設)を、林田川沿いにある3つの皮革工場帯に建設して水質保全を図ることにした。

*当時は龍野市、揖保郡新宮町・揖保川町・御津町(揖龍地域)。たつの市は2005年10月に4市町が合併して誕生した。

松原前処理場では施設に流入した汚水をいくつもの工程でスクリーニングにかけ、下水道排水受入基準まで処理される。

ここ、松原前処理場では1日平均6000〜7000トンの排水を処理している。まずは処理場に流入した汚水から、粗目スクリーン、沈砂池、細目スクリーンという3つのスクリーニングで異物や砂を取り除く。異物を取り除いた汚水は沈殿池に溜められる。その上澄み水は揖保川流域下水道を処理する揖保川浄化センターへ送られ、環境基準をクリアするレベルにまで終末処理されて瀬戸内海へ放流される。

いっぽう、沈殿池で発生した下水汚泥は前処理場での濃縮・脱水の工程を経て、兵庫西流域下水汚泥広域処理場にトラック搬入され溶融処理される。有機物は熱分解により安全な炭酸ガスや水などに変化し、残りの無機成分は溶融し、ケイ素分(ガラス状物質)に囲まれて溶融スラグとなる。抑制燃焼した焼却灰を溶融することにより、クロムは無害な物質(3価クロムなど)となってスラグに取り込まれる。この溶融スラグの主成分はケイ素、カルシウム、アルミニウムでできており、中の無機成分が溶出しにくい安全な物質となっている。こうして安全に溶融処理された溶融スラグは、アスファルトやレンガ、U型側溝などコンクリート二次製品として再利用されている。

兵庫西流域下水汚泥広域処理場では、従来よりもCO2排出量を50%近く低減させる溶融炉を新設するなど、より安全で効率的に処理できる技術の導入を進めている。

平成22(2010)年に松原前処理場の施設内に建造された臭気処理施設。

甦った清流。

兵庫県のたつの市、姫路市、太子町では、このような皮革工場の排水専用の前処理場を備えているが、ほかの地域では各自治体の指導のもと、自社などで処理している。本来、排水処理は各事業所がそれぞれの責任で行うものだが、皮革産業といえばたつの市と姫路市の地場産業。おまけに各事業所の規模が小さかったことから公共での事業がスタートしたそうだ。
「高度経済成長期に工場排水や家庭排水などが海に大量に流れ込み、水質汚染が深刻化し、瀬戸内海の赤潮が大きな問題となりました。国や県の指導もあって下水道事業がスタートし、昭和50年代に前処理場が、続いて昭和63年に揖保川浄化センター、また平成元年に兵庫西流域下水汚泥広域処理場(参考:平成15年日本下水道事業団から兵庫県に移管)が供用開始しています。昭和50年から平成5年まで揖保川の水質は全国ワースト3位~5位を推移していましたが、平成6(1994)年には前処理場と下水道が接続して林田川への排水流入がなくなり、(林田川が注ぎ込む)揖保川の水質や流域地域の生活環境が格段に改善したのです」(たつの市上下水道部前処理場対策課 谷口さん)

天然のアユが遡上するまでに甦った揖保川。

現在の林田川や揖保川ではアユの遡上が確認されるまでに水質が改善している。こうした取り組みが評価され、国土交通省による「甦る水100選」にも選ばれた。

汚泥を肥料に! 循環を意識する、栃木レザーの試み。

いっぽう、このような水処理に独自に取り組む事業者も存在する。長年にわたり、伝統的なピット製法を用いて植物タンニン鞣しを行う栃木レザーがそれだ。化学薬品を用いず、天然の植物タンニンの使用を貫いて周辺環境にも配慮する栃木レザーでは、施設内に大規模な排水施設を設え、薬品ではなくバクテリアや微生物により汚水を処理している。

栃木レザーの植物タンニン鞣しの工程。細かく分けられたピット槽に原皮を浸漬させて天然由来の植物タンニンを染み込ませる。各ピットで大量の水を使う。

原皮の表面に付いた塩分や汚れを専用ドラムで洗浄する。

「栃木レザーでは創業当初から『地域との共存』を掲げて地域に貢献する取り組みを行ってきました。周辺環境を向上させる水処理もその一環として続けているものです」。そう語るのは、栃木レザー専務取締役の遅澤敦史さんだ。20年前に運用を始めたこの施設で、現在は1日におよそ850トンの水を処理している。薬品で処理するのではなく、汚水に酸素を送り込んで汚水中の微生物を活性化させ、有機物の分解を促しているのが特徴だ。
「植物タンニン鞣しの過程ではクロムを使用しないため、その汚水は微生物だけで処理できるのです」

バクテリアや微生物で汚水を処理する、栃木レザーの排水設備。

処理された水の2割は原皮を洗うために工場内で再利用され、残りの水は近隣の河川に放流される。処理の過程で生じた石灰分を含む汚泥は脱水機にかけて固形化させ、土壌改良剤として再利用する。近隣のゴルフ場の芝生に用いられるほか、東日本大震災で被災した福島の復興にも役立っているとか。

汚泥を使った試験栽培を施設内の菜園で行っている。

また、栃木レザー内の菜園ではこの汚泥を使って作物を育てる試験栽培も始めている。「これがうまくいったら、農作地への肥料としてさらに違う展開も期待できそう」と遅澤さん。加えて、現在は河川に放流している水を再利用する課題にも向き合っており、皮革産業らしい循環システムの可能性を探っているところだ。
「食肉の副産物である皮革産業はその成り立ち自体がサステイナブルですから、革も鞣しに使う水も自然に還すという『循環』を意識しながらものづくりを行っています」

栃木レザーの工場周辺を流れる巴波川(うずまがわ)。

ものづくりにまつわるストーリーはもちろん、世界基準の水処理で皮革産業を牽引する日本のタンナーたちの環境を意識した取り組みにもぜひご注目を。高品質な天然皮革の背景を知れば、手元にあるレザー製品への愛着がさらに増すはずだから。

取材協力:たつの市上下水道部前処理場対策課、兵庫県中播磨県民センター、揖保川流域下水道管理事務所、中嶋皮革工業所、中村貢皮革工業所、栃木レザー

photos : SADAHO NAITO, MIDORI YAMASHITA, realization : RYOKO KURAISHI

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