マリエとともに、美しきレザープロダクトをつくる職人たち。
レザーという素材の魅力を最大限に生かしたいとの思いからマリエさんがデザインしたのは、1枚のコートがさまざまな革小物へと形を変え、未来へ繋げていく「エターナルコート」。すべてが初めてという試みに、マリエさん本人も、関わるすべての人たちも、大いにインスパイアされながら取り組んでいる。
しなやかな革に未来を描いていく。
マリエさんが訪れたのは、岡山県倉敷市の児島地区。ここはジーンズの聖地とも呼ばれる場所で、デニムの生産工場や加工業者が集まっている。今回のレザーコート制作のためにマリエさんが着目した加工技術とは。
「コートの裏側に、さまざまな革小物を表現したいと思いました。その設計図であるパターンを刻印できたら……と考えた時、すぐに豊和さんだ!と思ったんです。日本が世界に誇るデニムの加工技術を、革にも応用できるのではないかと相談したところ、快く引き受けてくださったのが、豊和の平松さんでした」
豊和はジーンズの染色や洗い加工の分野で、日本のみならず世界のファッション業界からも一目置かれる存在。マリエさんは、自身のブランド「PASCAL MARIE DESMARAIS(パスカル・マリエ・デマレ/PMD)」を立ち上げる際、よりサステナブルな工程でデニム制作をしたいとの思いを抱き、豊和にたどり着いた。豊和では、デニムのクラッシュ加工やダメージ加工など、これまで手作業で行われてきた工程に、近年ではレーザー光線も使用するようになったという。マリエさんが着目したのが、このレーザー光線の照射によってパターンを描く技術だ。
「すごい! まるでナスカの地上絵みたい」と、みるみるうちにパターンが革に刻印されていく様子を見ながらマリエさんが言う。まさに大地を思わせるような色合いの革の床面に、ジーッというレーザーの照射音とともに煙が立ち上り、まるで魔法のように絵が浮かび上がっていく。
「見たことのないパターンですね。この刻印は、何を表しているのですか?」と、作業を進める平松さんも興味津々だ。
「この刻印はさまざまな革小物の型紙になっているんです。革のコートからいろいろなアイテムが作り出せるよう、内側に“未来のパーツ”が描かれています。ひとつひとつ切り抜いて、パーツを縫い合わせていくと、7つのアイテムが生み出せるという仕組みになっているんです」
その7つのアイテムとは、トートバッグ、ショルダーバッグ、キーケース、タブレットケース、財布、犬の首輪、そして赤ちゃんのファーストシューズ。それぞれのパターンが刻印された革を手に、マリエさんはあらためて、革という素材についての思いを口にする。
「革は長く使うほどカッコよくなっていきます。いつかこのコートからつくられるお財布やバッグも、使い込んでクタクタになった姿はきっとすごく素敵なはず。私が赤ちゃんを授かって新しい未来ができたことも、デザインに反映しました。赤ちゃんが履くファーストシューズにも、特別な思いが込められていくと思います」
誰の人生のストーリーにも大切にしたいアイテムがあるはずだとマリエさんは想像しながら、人生をともに歩む相棒のようなアイテムを革に描いた。柔らかな風合いの未来予想図を携えて、コート作りは徐々に完成へと向かっている。
小さな革靴に込めた、まだ見ぬ未来を思う。
7つのアイテムのなかでも、いまのマリエさんにとって特別な意味をもつファーストシューズづくりを担当してくれる淡路島のアトリエ、バータム(Bartam)へと向かったマリエさん。
靴職人の薮内さんは海からほど近い自宅の工房で、2019年からファーストシューズの制作をしている。
「もの作りをする“場所”は、私にとってすごく大事。薮内さんのアトリエには、絶対的に大切なものばかりが置かれているのが伝わってきます。道具も機械も、きっととても愛着のあるものですよね。自然光の入るこの空間で生まれるものは、きっといいものに違いないって思えます」。そう語るマリエさんの目に留まったのは、棚に並べられたいくつもの小さな革靴。
「もともと地元が淡路島なんです。20代の時には島の外に出て仕事をしていましたが、30代で帰ってきて独立しました。自然豊かな場所なので、のんびりした気持ちで制作に取り組めています。兵庫県には姫路やたつのという素晴らしい革の産地があるので、実際に自分の目で見て手触りを確認して、納得のできるレザーを仕入れることができるんです。さらに、神戸は靴の街と呼ばれるほど靴の資材がたくさん手に入るので、ここはとてもよい立地なんです」
これまで大手靴メーカーで職人として働いてきた薮内さんが自らのアトリエを持つきっかけとなったのは、生まれてくる子どものために夫婦で手づくりのファーストシューズを完成させたことだった。薮内さんは靴職人として独立して以来、赤ちゃんのためのファーストシューズの制作を中心に活動を続けている。
「ファーストシューズはサイズが小さい分、作業もすごく細かいのですね。使う道具まで革でつくられているとはびっくりしました」と、マリエさんは靴作りの工程に興味津々。
「革のほうが手になじむし、耐久性もあるので、革の道具を自分でつくったほうがずっと長く使えるんです。もう自分の手の形になってきているので手放せません」と薮内さん。
「こんなに素晴らしい環境で、厳選された資材でつくられる靴を履ける赤ちゃんは幸せですね。うちの娘は生まれてまだ2カ月。もちろん靴はまだ買っていないし、靴下ですらちゃんと履いたことないんですよ」と、小さな我が子を見て微笑むマリエさん。その両腕に抱かれた赤ちゃんに、薮内さんの口元も思わずほころぶ。
「実際に履く期間は短いのですが、たった3カ月だけだったとしても、レザーでつくられた靴は足に吸い付くようになじんで柔らかくなっていきます。当時の思い出のすべてが、この小さなサイズ感にぎゅっと詰め込まれたまま保存しておけるのがファーストシューズなんです。我が家の子どもたちはもう小学生。小さかった頃の時間はもう戻らないから、赤ちゃんの時期は本当に貴重で、かけがいのない大切なものだったんだなって思います」
アトリエの玄関には、子どもたちのために夫婦で制作した2足の小さなファーストシューズが、大切に飾られている。クタッとした風合いのその小さな靴には、子どもたちの愛おしい一瞬と夫婦の大切な思い出が詰まっているに違いない。
「ファーストシューズは、まだまだ未来のことという気がしてしまいます。1歳、2歳になる娘を見られる日が来るなんて、まだ信じられない。いま足を合わせてみると、本当にこんなに大きくなるの?って思います。でもこうして初めて履いた靴を残すことで、10年後も20年後も、その靴が過去に戻るための切符になるんですね」
出産後、赤ちゃんにまつわるもののひとつひとつが、捨てられないほど大切になったというマリエさん。ものへの愛着がより深まっていくなか、ファーストシューズの制作を目の当たりにして、長く使い続けることができる革の素晴らしい特性をあらためて実感した。完成間近のエターナルコートは、まさに時を超えて愛おしい記憶を包み込むアイテムになりそうだ。
マリエ Marie さん
1987年生まれ。10歳の時にスカウトされ、モデル活動を開始。2005年に雑誌「ViVi」(講談社刊)の人気モデルとして一躍注目され、数々のショーに出演。その後TVのバラエティ番組などでレギュラー出演を務める。11年、ニューヨークのパーソンズ美術大学に留学しファッションを専攻。帰国後に自身のファッションブランド「PASCAL MARIE DESMARAIS(パスカル・マリエ・デマレ)」を立ち上げ、デザイナーとして活動。環境省「つなげよう、支えよう森里川海アンバサダー」を務める。22年に女児を出産。
https://pmdonline.jp/
Instagram : @pascalmariedesmarais_pmd
photography : Aya Kawachi director: Mitsuo Abe styling: Marie hair & makeup: Makoto Saito (Lila) editing & text: Miki Suka collaboration: Howa, Millais Designs, Bartam