篠原ともえが革のプロフェッショナルたちとつくる、エゾ⿅⾰のきものとは。
革の端で服をつくるという、前代未聞の挑戦。
「今回、ミシンの縫い目を表に出さないことにこだわりました。革に糸を通さないでほしいとオーダーしたところ、最初は難しいとのお話でしたが、『革の美しさを最大限に引き出したい』とお伝えしたら、手間はかかるけれどやれるところまでやってみましょう、と言ってくださって」
篠原さんがこう振り返るように、昨年夏に初めて打ち合わせをした際、篠原さんと佐藤さんの意見が対立した。ミシンを使わずに革を繋ぎ合わせるという、これまでに経験したことのないアイデアを聞き、「それは無理」と断言した佐藤さん。それでも、完成イメージを明確に思い描き、デザイナーとしてクオリティの高い作品をつくりたいと願う篠原さんと、長年培った技術力により高品質な革製品を手がけてきた佐藤さんは、“いいものをつくる”という根本の思いが一致していた。そして革という素材を熟知し、研究を重ねながら革づくりを続けてきた伊藤さんが、どうしたら実現できるか、さまざまな局面で具体的なアイデアを提案してくれた。取材当日には、すでに抜群のチームワークで制作を続行していた。
「革の端を組み合わせて山の稜線をつくるのですが、そこがいちばんデザイン力を試されたところでした。でも並べていくと革が“ここに在りたい”と教えてくれる。まるでデザインと革が呼応するように風景が出来上がっていき、その美しさにどんどん惹かれていきました」
篠原さんは、革の裁断がほぼすべて手作業で行われることに感銘を受けたという。その理由について、佐藤さんはこう説明する。
「革にはいろいろ形があるから、その形を見ながら型を合わせていきます。穴があればよけて、どこにどの型が入るか、パズルのように頭の中に入れておく。革によって大きさも肌も違うから、前身ごろや袖の上には革の綺麗な部分を合わせて、残ったものはポケットや付属のパーツに使う。脂肪の多い脇のほうは襟の裏や見返しなど、見えないところに使います」
革を見て瞬時に判断し、無駄なく裁断することに長けている佐藤さんにとっても、革の端を扱うのは初めてだった。篠原さんは厚みや形状がバラバラの、ときには小さな穴が空いていたりする、普通なら後工程を考えてカットしてしまうような革の端もデザインに生かしたい、と佐藤さんに依頼する。そうした革パーツは染色や貼り付けにも気を遣う繊細なものだが、仕上がるとはっとするほど表情豊かで、まるで本当の山肌のようにデザインのアクセントとなり、一同が息をのんだこともたびたびあった。
革のプロフェッショナルたちの共同作業。
型紙を用意したうえで、ディテールは偶然生まれた革の端の形状を生かす。篠原さんと佐藤さんが革のパーツを切り出し、染色の職人・桐原さんがグラデーションを施した。今回のプロジェクトをより完成度の高いものにしたいという篠原さんの想いから、自身のデザイン事務所STUDEOの香川真知さんもチームに参加。革の実物をスキャンし、原寸大のパーツを作成して、きものの型紙に一枚一枚並べるシミュレーションを入念に行なった。現場では篠原さんと香川さんが連携して、全体のバランスを見ながらパーツの配置を細かく指示し、必要に応じて色味を微調整。チーム一丸となり、美しいきものの完成を目指して妥協することなく作業に取り組んだ。
革を縫い合わせずに繋げるために、佐藤さんと伊藤さんが選んだのはアイロンで接着するシート状の糊だった。あらかじめ裏地の生地で制作したきものに、一枚一枚アイロンで貼り合わせる。しっかりと接着するには強くプレスする必要があるが、そうすると革が重なり合う部分の段差が出てしまう。それを防ぐために、当て布を使いながら高すぎない温度で接着。これも篠原さんにとって譲れないポイントのひとつだった。本番を手がける前に、端切れを使ってたびたび検証を行った。
佐藤さん同様、篠原さんも使い慣れたハサミやまち針、衣装デザインに使用する接着芯などのツールを携えてきた。完成した作品を明確に思い描きながら、限られた時間の中でどこまでできるか判断し、チーム皆に明確な指示をする。衿の柄合わせなど、ポイントとなる部分は自ら黙々と手がける、その眼差しは職人そのもの。きものと縫製、革素材の特徴をすべて理解し、それらに情熱を注ぐ篠原さんだからこそ手がけられたプロジェクトであり、チーム皆が彼女の思いに共鳴していた。
やり直しができない緊張感。
伊藤産業での作業後、篠原さんは縫製を担当する高橋三枝子さんのアトリエへ向かった。高橋さんは、佐藤さんの会社レファンズが制作する革のファッションアイテムの縫製を20年近く手がけている。今回はきものの身ごろと袖・衿の縫い合わせ、そして革の帯や帯締めなどの縫製を担当する。篠原さんと高橋さんは初対面だったが、“縫製”という共通言語をもつふたりは、すぐに具体的な打ち合わせをスタートした。
本番と同様につくったサンプルを高橋さんがミシンで縫い、さっとライターを取り出して糸の先を炙ると、瞬く間に糸が縮まり、小さな玉のようになる。ほかにも、革を縫う時は小さな厚手の布を当てて縫うことでダブつきを収めるなど、長年の経験から習得したティップスがいくつもあり、篠原さんはその手元に見入っていた。
「エゾ鹿の革は繊細で柔らかな風合いなのですが、そのぶんとても傷付きやすいんです。やり直しがきかないところが難しい、と高橋さんもおっしゃっていましたが、染めることも、カットすることも、縫うことも、すべてやり直しができない緊張感の中で、職人さんたちがすごい集中力でつくってくださっていて、その眼差しを見ていると安心できます」
後日、篠原さんたちはすべての革パーツの貼り付けを完了させ、きものを高橋さんのアトリエに運んだ。篠原さんが語っていたように、やり直しがきかない素材である革の作品を前に、ふたりとも頭の中でしっかりとシミュレーションをしたうえで、どこを縫うか、どうカットすれば綺麗に仕上がるかなど、慎重に話し合いを重ねながら作業を進めた。同時進行で佐藤さんが丁寧にアイロンがけを行う。身ごろと袖をミシンで縫い合わせる時には、革がシワにならないように、篠原さんと佐藤さんを含め3人がかりできものを支えて高橋さんをサポート! まさに新たな命が吹き込まれるように、革のきものは完成した。
「革という素材に向き合ったことで、こんなにも素敵な職人さんたちに出会えたことがうれしくて、胸がいっぱいになりました。たくさんの人の尽力によって革がこうして私たちの目の前にあることも、メッセージとして伝えられたらと思います」
次回は、篠原さん自身のディレクションによる美しいビジュアルを公開する。
篠原ともえ Tomoe Shinohara さん
デザイナー・アーティスト
1995年歌手デビュー。文化女子大学(現・文化学園)短期大学部服装学科デザイン専攻卒。歌手・ナレーター・女優活動を通じ、映画やドラマ、舞台、CMなどさまざまな分野で活躍。2020年、アートディレクター・池澤樹と共にクリエイティブスタジオ「STUDEO」を設立。2021年、革きゅん第一弾でデザイン・ディレクションを務め製作した革アクセサリー「LEATHER-MADE JEWELRY」が、国際的な広告賞であるニューヨークADC賞において、トラディショナルアクセサリー・イノベーションの2部門でメリット賞を受賞した。
www.tomoeshinohara.net
Instagram : @tomoe_shinohara
photography : Sayuki Inoue director: Mitsuo Abe styling: Tomoe Shinohara hair & makeup: Misato Narita collaboration: Ito Sangyo, Lefans special thanks: Fukushima Kagaku Kogyo, Ayako Nagahashi (Fruttarossa)
革のきものを『NEW ENERGY』展にて初展示!
篠原ともえさんが手がけた革のきものが、複合型イベント『NEW ENERGY(ニューエナジー)』に展示されることが決定! 実物とともに、グラフィック作品も展示予定。入場パス(無料)はイベントの公式サイトにて登録受付中。
会期:
2月17日(木)10時〜18時 BUSINESS ONLY
2月18日(金)10時〜17時 BUSINESS ONLY
17時〜20時 Night Market/どなた様でもご入場可能
2月19日(土)10時〜17時 どなた様でもご入場可能
会場:新宿住友ビル三角広場
東京都新宿区西新宿2-6-1
www.new-energy.ooo