野生のエゾ鹿革を着る。北海道発、レザーブランド「AKAN LEATHER」誕生。

ブランドのシグネチャーとしてリリースしたのは、ミニマルなデザインのライダースジャケット2型。ダブルのライダース「ALK001」(左)と、シングルライダース「ALK002」(右)。

北海道東部に位置する阿寒湖周辺地域は、火山と湖、森が織りなす大自然と、自然と共生するアイヌの人々の営みで知られるエリアだ。湖を取り巻く森には豊かな生態系が育まれ、希少な生き物も棲息する。ところが近年、エゾ鹿の食害により、この森が大きなダメージを受けている。周辺の森林が伐採されたことで越冬場所を失った、あるいは猟師に追われて行き場を失ったエゾ鹿が、狩猟が禁じられている森に群れとなって押し寄せ、樹皮や苗木を食い尽くしているのだ。

「AKAN LEATHER」のクリエイティブディレクションを担った「山本寛斎事務所」代表の高谷健太さんが阿寒摩周国立公園内をリサーチした際、目にしたエゾ鹿。このほかにもいくつもの群れを目撃した。

エゾ鹿を捕ることで、森を守り育む。

こうした森林被害を受け、頭数制限を設けてエゾ鹿の狩猟が解禁になったが、捕獲されたエゾ鹿のほとんどは森のなかにそのまま放置されていた。放置されたエゾ鹿の死骸に熊が集まることで、熊害という二次被害も出ていたようだ。
「とはいえ、エゾ鹿だって北海道ならではの天然資源。なんとか有効活用できないものか――こう考え、2019年から捕獲したエゾ鹿を活用し、新たな付加価値を生み出す取り組みを進めていました」と話すのは、「AKAN LEATHER」をプロデュースした山内明光さん。
「捕獲したエゾ鹿を原料に、食肉加工品やペットフード、サプリ、コスメを製造してきました。その一環として、皮を活用するブランドを立ち上げることにしたのです。エゾ鹿の個体は本州鹿より1.5倍ほど大きく、できあがる革の面積も大きいですから、これを活用しない手はありません」

エゾ鹿の樹皮剥ぎの様子を撮影する高谷さん。

そもそも、長くこの地に暮らすアイヌの人々は、肉、骨、皮、角と、エゾ鹿のあらゆる部位を活用してきた。とりわけ、軽くて柔らかく、きめ細かな 皮は、衣類や防寒アイテムとして重宝されていたようだ。
「『AKAN LEATHER』では、『命をいただくことに感謝して、有効に活用する』という、アイヌの人々が大切にしている精神性を受け継ぎつつ、最先端の技術と現代的なデザインをレザーアイテムに表現しようと思いました」と山内さん。そこで声をかけたのが、かねてより付き合いのあった「山本寛斎事務所」代表でクリエイティブディレクター、高谷健太さんだ。

「AKAN LEATHER」のクリエイティブディレクションを担った高谷さん。「金唐革」をきっかけに姫路のタンナーと知り合ったことで、1,000年の歴史をもつ産地の技術力や、職人のものづくりにかける熱量に圧倒されたとか。

故・山本寛斎さんとともに日本各地に赴き、地域の伝統や文化に触れてきた高谷さんは、とりわけ国産の皮革製品に魅了されてきた。
「なによりも『エゾ鹿革を着ることが森林の保護に繋がる』という『AKAN LEATHER』のブランドフィロソフィーに共感したのです。僕は北海道出身ですが、エゾ鹿による森林被害のことをよく知らなかった。このプロジェクトを通じて多くの気づきや学びを得ることができました」(高谷さん)


エゾ鹿革は通気性と吸湿性、伸縮性に優れる素材だ。そこで高谷さんは「カシミヤのセーターほどの軽さと着心地のよさ」を目指し、エゾ鹿革製ジャケットの製作に着手する。
「手に取ったその日から、まるで何十年も愛用してきたような着心地のレザージャケットをつくりたかったのです。さっそく、生前の寛斎がお世話になっていた浅草のレザー卸問屋である富田興業さんのもとに相談に出向き、ソフトレザーを得意とする草加市のタンナー伊藤産業さんに鞣しと加工を依頼しました。しっとりとした質感に仕上げるため、ドラムでたっぷりとオイルを浸透させ、“ばた振り”でエゾ鹿革ならではの美しいシボを際立たせています。ブランドのフラッグシップモデルとしてデザインしたのは、ライダースジャケット2型。長く愛用していただき、親から子へと受け継いでもらいたいという思いから、いっさいの無駄を省いた、ミニマルかつ普遍的なデザインに仕上げました。野生のエゾ鹿革を使っていることから、森に生きた証であるキズもそのまま製品に生 かしています」(高谷さん)

手がけた高谷さん自身が、「エゾ鹿革ってすごい素材なんだ」と再認識したジャケット。着ていることを忘れるくらいのしなやかさだ。見返しには阿寒を想起させるアイヌ紋様の刺繍が施されている。

「いただ着ます」にこめたメッセージ。

高谷さんが手がけたキービジュアルには、阿寒在住のアイヌ文化アーティストの DEBOさんとアジア初のバーチャルヒューマンでデジタルクリエイターのimmaさんを起用。DEBOさんは北海道のアニミズム や、この地に太古から受け継がれる自然への畏敬の念を、immaさんはその対極にある最先端や現代のテクノロジーを代弁しており、このふたりの共演は縄文時代から現在まで続く、森の時間の奥行きを表現している。
「ビジュアルにのせたキャッチコピーは、『いただ着ます』。食事の前、食材となったものの命を自分の命に取り込むことへ、感謝の気持ちを表すように、身に着けるものにも『いただきます』の気持ちをもっていてほしい。僕自身、このブランドと関わるなかで身の回りのあらゆる命にそういう畏敬の念を抱くようになりました。もっと多くの人に、命や自然がもたらす恵みやそのありがたさを感じてほしい。このコピーにはそんな気持ちがこもっています」

immaさん(左)とDEBOさん(右)を起用したキービジュアル。

2023年 9月上旬には阿寒湖周辺にフラッグシップショップもオープン。地域住民でない人が店舗を構えることは、この地域では初の事例なのだとか。
「『AKAN LEATHER』をきっかけに、阿寒地域のことや、北海道の森や自然の営みで何が起きているのかを知ってもらうと同時に、“いただいた命を円環する”という考え方をひとりでも多くの方に伝えたいと思っています」(山内さん)

AKAN LEATHER
北海道釧路市阿寒町阿寒湖温泉4-4-10
tel: 0154-64-1710
https://akanleather.com/

photography: Midori Yamashita, editing & text: Ryoko Kuraishi

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